2009年11月17日

ガンビアの魔女狩り 西アフリカの野蛮性


 寡聞にして、ガンビアというのは知らず、とにかく、行ったこともないし、興味もないし、行きたくもない。調べてみると、西アフリカの最西端あたりのガンビア川の両岸が国土の小国で、最大幅は48kmに過ぎない。ガンビアはもともとイギリス領であり、セネガルはフランス領で、イギリスとフランスが 1889年に、ガンビア川の約200マイルをイギリス領とすることで合意した。アフリカ最小の国で面積11300km²で1300km²をガンビア川が占める。国土の大部分がサバンナ地帯。人口170万5000人。

 今年始めにヤヤ・ジャメ(Yahya Jammeh)大統領のおばが死亡した直後にギニア人の自称「呪術師」らが呼び寄せられた。ジャメ大統領は、おばの死を魔女のしわざだと話していたという。1000人以上の村人たちを誘拐・拘束し。幻覚剤のようなものを飲まされたという。そうした薬を飲まされて意識がもうろうとなったところを「呪術師」にレイプされたとする報告もいくつか寄せられている。幻覚剤の影響で腎臓や胃に障害が起きた被害者も多い。これら「呪術師」らには、政府の命令により、武装した男たちが護衛についていたという。

 こうした「魔女狩りキャンペーン」は既に終わっているが、今も精神的・肉体的な後遺症に苦しんでいる人は多い。これまでに幻覚剤による腎臓障害で死亡した人は、少なくとも8人にのぼっているという。

 西アフリカといえば、リベリア内戦の「お尻丸出し将軍」を思い出してしまう。こういうところだから、ガンビアで政府公認の魔女狩りがあってもそんなものかと納得してしまう。

http://www.geocities.jp/futoshiki/essay05su9.html
1990年代半ば、西アフリカ・リベリアは内戦によって混乱の極みにあった。対立する党派が、それぞれ自前の軍隊を繰り出し、首都モンロビアは無政府状態となり、多くの血が流された。

私兵集団を構成するのは、しばしば年端も行かない少年たちで、彼らを率いるリーダーは「将軍」を自称するものの、いわば暴走族のヘッドみたいな若者だった。そして暴走族が、コワモテでカッコイイ単語や、やたらと読みにくい漢字を用いて自らを誇示することがあるように、リベリアの戦士たちも、それぞれ独創的な名前を名乗り、武勇にさらなる光彩を添えていた。曰く、「押し込み強盗将軍」「母無し父無し将軍」「ファック・ミー・クイック将軍」などなど。

中でも徹底したテロで人々を震え上がらせていたのが、「お尻丸出し将軍」とその部隊である。テイラー大統領派に与して戦ったこの「将軍」は、本名をジョシュア・ブライという。血なまぐさいオカルティズムを奉じ、一説では1万人の殺害に責任があるとされる彼は、当時まだ二〇代半ばの青年だった。

その奇天烈な通り名を名乗ったのは、単なるウケ狙いだった訳ではない。実際に彼は、名前通りの"勇姿"で、戦場を駆けめぐったのだ。戦闘が始まると、「将軍」はやおら服を脱ぐ。身に着けている物は武器とクツだけという姿で、前線へと突き進む。彼の麾下の「お尻丸出し部隊」も同様に、この極めつけの軍装で敵に立ち向かった。

裸になるのは、理由がある。そうする事によって、魔術的な力が与えられ、銃弾が当たらなくなると彼らは信じていた。思いこみの力は、人を変えるのだろう。はたから見れば集団ストリーキングとしか言えないこの武装集団は、その精強さでモンロビア中に名を轟かせた。

「お尻丸出し将軍」は、しかし内戦の最中に突如、姿を消してしまった。

リベリア史の奇妙なエピソードとなって、「お尻丸出し部隊」は闇の中に沈んでいった。だが、その印象はあまりに強烈だったのだろう。「将軍」とその部隊の名は、やがて好事家たちの間で語り継がれるようになる。
posted by cnx at 19:34| Comment(0) | TrackBack(0) | Af | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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