2010年06月14日

はやぶさの散華


 「地球か、何もかも皆懐かしい。」沖田艦長
 「あっ地球だ。きれいだなあ。」鉄腕アトム

 はやぶさは何と言って散って行ったのだろう。敬礼。

はやぶさ.jpg




 隼とは、大日本帝国陸軍加藤建夫陸軍中佐(死後、陸軍少将)の飛行戦隊、飛行第64戦隊の愛称であり、転じて、一式戦の愛称になった。この後、愛称を付けるようになった。
 加藤建夫陸軍中佐は、1942年(昭和17年)5月22日、ベンガル湾上空でビルマ沿岸のアキャブ飛行場を襲った英空軍第60飛行中隊のブレニム爆撃機のうち1機を隼5機で追撃した。しかし、ブレニムの反撃により、安田義人曹長機は被弾してアキャブに帰還、次の大谷益造大尉機も連射を浴びて被弾の上帰還した。その次の3機の編隊がブレニムを追い詰めたが、加藤機はブレニムを狙った最初の降下攻撃からの引き起こしの際に、銃座からの連射により機体腹部に被弾し発火した。自領への帰還は困難と悟り、部下の見守る中、機を反転し海面に突入して壮烈な自爆を遂げた。享年38 歳。推定総撃墜数は18機。

加藤隼戦闘隊
エンジンの音 轟々と 隼は征く 雲の果て
翼に輝く 日の丸と 胸に描きし 赤鷲の
印はわれらが 戦闘機

寒風酷暑 ものかわと 艱難辛苦(かんなんしんく) 打ちたえて
整備に当る強兵(つわもの)が しっかりやって 来てくれと
愛機に祈る 親ごころ

過ぎし幾多の 空中戦 銃弾うなる その中で
必ず勝つの 信念と 死なばともにと 団結の
心で握る 操縦桿

干戈(かんか)交ゆる 幾星霜 七度(ななたび)重なる 感状の
いさおの蔭に涙あり ああ今は亡き武士(もののふ)の
笑って散った その心

世界に誇る 荒鷲の 翼のばせし 幾千里
輝く伝統 受けつぎて 新たに興(おこ)す 大アジア
われらは皇軍戦闘隊

posted by cnx at 21:02| Comment(0) | TrackBack(0) | Oc | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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