2011年02月03日

香具師、クイーンズランドに上陸


 「香具師」といっても寅さんの同業者ではない。台風に付けられた名前だが、大西洋北部・太平洋北東部・太平洋北中部では、ハリケーン(Hurricane)、インド洋北部・インド洋南部・太平洋南部では、サイクロン(Cyclone)と名前だけが変わる。オーストラリア付近では、俗称でウィリー・ウィリーとも呼ばれる。

 初めて行った海外旅行がオーストラリアで、それも行きたくて行ったのではなく、就職すると時間がなくなるだろうと、オーストラリアに行くという友人に誘われたためだった。オーストラリアの南西の都市、パースinのシドニーout28日間で、エアーズロックのアリススプリングスまでと帰りのシドニーは宿付きという旅だった。余談だが、彼のアパートの部屋に、当然日本で、私ではない友人といるときに実弾を撃ち込まれ、警察まで呼ぶ騒ぎになった。結局、窓ガラスに弾丸の穴が開いたのと壁に弾丸が付き刺さった以外は被害がなかったので、迷宮入りになったが、どういうことか、いまだにわからない。誰かに実弾を撃ち込まれるほど恨まれていたとも思えない。

 この運の悪い友人は、大阪空港にカメラを忘れてきた。ツアーは大阪からは我々を含め数人、香港、シンガポールとで、東京や名古屋からの連中と合流。途中、乱気流で100mは落ちた。あれから数百度は飛行機に乗っているが、あんなのは最初で最後だ。怖い思いをして、深夜にパースに着いた。検疫官が中に入ってきて、いきなりスプレーで消毒をし始めたのがオーストラリアの第一洗礼である。翌日、パースのモールで、友人は日本製のカメラを買ったが、日本人が日本の空港にカメラを忘れてパースで日本製のカメラを買うのをどう思うかとカメラ屋の店員に訊ねたら、「terribly stupid!」という的確な表現が返って来た。

 アリススプリングスまで航空券も宿も金を払っていたのに、リクルート・ツアーの手違いで我々2人だけチケットがない。アリススプリングス空港まで自腹で航空券を買ったが、ホテルの部屋の予約もない。今ならどうってことはないが、初めての海外で、これはかなり不安で堪えた。一応、アリススプリングス空港に着いて、ホテルまでは一応ツアーなので、送迎のマイクロがあったので乗り込んだら、関係のないテンガロンハットを被った図々しい日本人が乗り込んで同乗してきた。話してみると、何回か海外旅行に来ていて、アリススプリングスまで1人で来たと自慢をしていた。しかし、こいつに泊まるはずだったホテルでの応対を任せたのが失敗だった。この武蔵工大生は、着いたホテルでフロントに横柄な英語を使ったために、部屋がないという返答が返って来た。しかも、近くにホテルはあるかと聞いたら、フロントの男は、外に出て、左に曲がって、次の角を左、その次をまた左、また左、また左に曲がるとホテルが1軒あると言う。重い荷物を背負って砂漠の中を、この武蔵工大生と3人で、指示通りに歩いているうちに、だんだんフロントの意図がわかってきた。すぐ右隣にそのホテルがあったのだ。1ブロックを1周(1q)させられたのである。元のホテルにはツアーで知り合ったのが居たので、遊びに行ったときフロントに文句を言ったが笑っていた。質の悪いジョークだが、一応、フロントは、嘘は言ってはいない。今考えれば、部屋もあったのではないか?とにかく、この件で、我々と友人は、もうこの武蔵工大のアホを完全に無視した。英語力を始め、全ての点でこんなアホと付き合う理由がない。しかし、恐ろしい偶然というのはあるもので、就職した企業の同じ武蔵工場で翌月出くわした。しかし、口を聞きたくもなかった。

 現地からもクレイムのрリクルート・ツアーに掛けて、帰国後にこの分の金を返金させたが、そういう問題ではない。この後、リクルート・ツアーは2度と使っていない。友人はアデレードからキャンベラの温帯を旅をして、ワインとオペラ三昧が希望、私は熱帯の木曜島を目指すので全く正反対。そこで、アリススプリングスで別れ、1人でクイーンズランドのポートダグラスに向かった。残りの24日間ほどをクイーンズランドで過ごすオーストラリアで羊を見ない旅が始まった。

posted by cnx at 17:22| Comment(0) | TrackBack(0) | Oc | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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