2011年03月07日

リビア内戦と米初の海外派兵バーバリ戦争


 チュニジアはまだ故地カルタゴの成れの果てだから、上に棲息している人種はともかく、古代に馴染みはあった。リビアというと、カッザーフィー大佐その名前だけは有名だが、それ故、当然行ったこともないし行きたくもないし全く興味がなかった。それが、ここに来てチュニジアのジャスミン革命が、エジプト、アルジェリア、モーリタニア、、バーレーン、イエメン、サウディ・アラビアと燎原の火のように飛び火し、リビアでは内戦状態に至っている。

 リビア、正式名称は、الجماهيرية العربية الليبية الشعبية الإشتراكية العظمى(ラテン文字転写 : al-Jamāhīrīya al-‘Arabīya al-Lībīya al-Sha‘bīya al-Ishtirākīya al-‘Uẓmā アル=ジャマーヒーリーヤ・アル=アラビーヤ・アッ=リービーヤ・アッ=シャアビーヤ・アル=イシュティラーキーヤ・アル=ウズマー)。通称は、ليبيا(Lībiyā リービヤー)。日本語の表記は、大リビア・アラブ社会主義人民ジャマーヒリーヤ国。または、社会主義人民リビア・アラブ国。

 ベルベル人が居住していた地域で、古代にはギリシャ人、フェニキア人、カルタゴ、ローマ帝国、東ローマ帝国と目まぐるしく支配者を換えた。7世紀にアラブ人のウマイヤ朝に征服され、イスラーム化と住民のアラブ化が進んだ。その後16世紀にオスマン帝国に併合され、1711年に土着化したトリポリ総督のトルコ系軍人が自立し、カラマンリー朝が成立。19世紀初頭にカラマンリー朝はアメリカ合衆国と第1次バーバリ戦争を繰り広げた。その後イギリスとフランスによるこの地への干渉が始まったため、オスマン帝国はリビアを再征服し、1835年にカラマンリー朝は滅亡。20世紀初頭の伊土戦争により、1911年にはイタリア王国がリビアを植民地化した。植民地化後はイタリア人が入植したが、サヌーシー教団のオマール・ムフタールやベルベル人による激しい抵抗にあい、イタリアによるリビアの完全平定は1932年。第2次世界大戦中には連合国(イギリス)と枢軸国(イタリア、ナチス・ドイツ)の間で激戦が繰り広げられた(北アフリカ戦線)。イタリアの敗戦により、戦後は英仏の共同統治領とされた。1949年の国連の決議により、1951年にリビアはキレナイカ、トリポリタニア、フェッザーンの三州による連合王国として独立。リビア連合王国の国王にはキレナイカの酋長であり、サヌーシー教団の指導者だったイドリース1世が即位し、1963年に連邦制は廃止され、リビア王国が成立した。
 1969年9月1日、ナセル主義者だった27歳のムアンマル・アル=カッザーフィー(カダフィ)ムアンマル・アル=カッザーフィー(アラビア語: معمر محمد عبدالسلام أبو منيار القذافي الدهمشي العنزي‎ ( Mu‛ammar Muhammad ‛Abd 's-Salām Abū Minyār 'l-Qaddhāfī 'd-Dahamshī 'l-‛Anazī 、1942年06月07日〜 )大尉と青年将校たちによるクーデターにより、トルコに滞在中だった国王イドリース1世は退位し、ムアンマル・アル=カッザーフィー(カダフィ大佐)を事実上の元首とする共和国が成立。カッザーフィーは、リビアの砂漠地帯に住むベドウィン(遊牧アラブ)ガッダーファ部族の出である。対外的にはソ連に接近して援助を受け、1970年代から1990年代まで数々のテロを支援したため、アメリカやイギリスなどの欧米諸国と敵対した。1985年に発生した西ヨーロッパでの一連のテロ事件により経済制裁を受け、1986年にはアメリカ軍によって空爆(リビア爆撃)されたが、その報復として1988年にパンアメリカン航空103便爆破事件を起こしている。カッザーフィーはエジプトのナセルを尊敬していたので、ナセルが軍人としては大佐で終わったので大佐を名乗っているのと、クーデターで政権を奪取したが民衆の代表としての意識が強く、将官では具合が悪いためである。カッザーフィーは、日本の明治維新を手本にして、世界を変えた日露戦争の勝利を讃えている。しかし、明治維新と他の国の独裁者とが決定的に違うのは、薩長の指導者に独裁を考えるものがいない。また、藩閥政治も立憲君主制という名の実質上、社会主義共和制に移行している点だ。カッザーフィーは、「広島と長崎に原爆を落とした米国の(軍の)駐留を認めているのは悲しいことだ。あなたたちの祖父などを殺した国となぜ仲良くなれるのか。」と的を得たことを行っているかと思うと、阪神・淡路大震災では「経済力で悪魔(アメリカ)に奉仕してきた日本人に天罰が下った。」と暴言を吐いている。2001年の同時多発テロ事件以降は一転してアメリカと協調路線をとる一方、成果を出せない親アラブ外交から親アフリカ外交へと移行していたが、2011年02月、騒乱状態のリビアにて、「中国の天安門では、武装していない学生も力で鎮圧された。天安門事件のようにデモ隊をたたき潰す。」と述べ、反体制派に対する虐殺などの弾圧を正当化した。

 

 第1次バーバリ戦争(1801〜1805年)とは、アメリカ合衆国と地中海の北アフリカ沿岸のバーバリ諸国と呼ばれたオスマン帝国から任命されたパシャが統治する独立採算州の一つであるトリポリとの間で行われた戦争。トリポリ戦争。アメリカ合衆国が独立して最初に経験する宣戦布告の手続きがされた正式な対外戦争となった。
 当時地中海沿岸の北アフリカは、オスマン帝国の独立採算州として準独立地域の状態にあって、バーバリ諸国と呼ばれており、主にトリポリ、チュニス、アルジェの3つの地域からなり、それぞれにオスマン帝国本国からパシャが任命されて統治していた。バーバリ諸国は自前の武装組織、バルバリア海賊を擁し、地中海を通過する商船の船籍国から通行料と称する上納金を徴収した外、商船を襲って得たキリスト教徒の捕虜を人質にし、その国籍国と交渉して身代金を得ていた。1783年に独立を達成したアメリカ合衆国は、豊富な森林資源による造船コストの安さのため、独立前から海運業が発達していた。独立前は宗主国であったイギリスの商船旗を掲げることでバルバリア海賊の襲撃を免れていたが、独立達成後は独立直後の財政難により、バーバリ諸国のパシャ達が要求する金額の通行料が支払えずにその直後からバルバリア海賊の襲撃目標になり、襲われ続けた。アメリカ合衆国が通行料を要求どおり支払わないため、バーバリ諸国と呼ばれたトリポリ、チュニス、アルジェのパシャ達は、アメリカ合衆国に対し、これまで滞納していた通行料の一括払いと年間の通行料の速やかな支払いを公式に連名で要求してきた。しかし、独立直後の財政難にあえいでいたアメリカ合衆国にとってその額は莫大なものであり、国庫の資金だけで到底支払えるものでなく、実質的な海賊の懐に資金が流れるのを良しとしないアメリカ合衆国の海運業者はこれに協力しようとしなかった。
 このような経過で要求額には満たないものの、アメリカ合衆国は集められるだけの資金をウィリアム・ベインブリッジに持たせて通行料を値切るための交渉に向かわせた。しかし、バーバリ諸国のパシャ達は納得しなかった。なお、このときベインブリッジは、最初に寄港したオスマン帝国の首都であるイスタンブルでトリポリへ行くよう指示され、トリポリ入港にあたってオスマン帝国の国旗を掲げて入港させられるという屈辱を味わっている。
 抑留された捕虜に対するアメリカ合衆国からの身代金の支払いも滞ると見るや、違約金代わりにキリスト教徒の捕虜を奴隷として転売する姿勢を見せ始めた。アメリカ合衆国は財政難により、捕虜の身代金を支払えないため、この事態に至って実力による解決を選択した。アメリカ海軍はアメリカ海兵隊とともにこれらの海賊都市を攻撃し、海賊の頭目にアメリカ商船を襲撃しないことを誓わせ、安全な通行権を得ることとなった。
 この戦争は、他の紛争と混同され、しばしば「アメリカの忘れられた戦争」と呼ばれる。バーバリ諸国に対する制裁行為は、トーマス・ジェファーソンおよびジェームズ・マディスン政権によって行われた。海兵隊讃歌では、その歌い出しでこの戦争を歌っている。
モンテズマの回廊からトリポリの海岸まで...
From the halls of Montezuma to the shores of Tripoli...

 トーマス・ジェファーソンとは、アメリカ合衆国第3代大統領、2ドル紙幣、5セント硬貨にもなっているが、黒人奴隷を所有する農場主であり、黒人女奴隷に種付けをして、子供を奴隷にしていた。ベルベル人とかバーバリー、バルバリアは古代ギリシア語のBárbarosを語源とし、言葉の通じない野蛮人という意味。わずか100年前に国家を挙げて奴隷制に反対していたのは日本だけだったということを忘れてならない。遊牧民族の毛唐や砂漠の遊牧民のベルベル人やアラブ人とは、全く違う人種だということである。第1次バーバリ戦争と現在のソマリアの海賊と酷似している。何といっても、ソマリアの海賊もイタリアの植民地であり、リビアもイタリアの植民地になった悪影響が大きい。

緑の書 [−] / ムアンマル・アル カッザーフィ (著); 藤田 進 (翻訳); 第三書館 (刊)
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posted by cnx at 09:34| Comment(0) | TrackBack(0) | Ar | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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