2011年10月15日

近くて遠い国、ブータン


 ブータン王国(Kingdom Of Bhutan Bhutan)という国名は、もともとインド人がチベットを指して呼んでいた言葉に由来し、欧米人の間でブータンという特定の国を指す言葉として定着してしまった。ブータン人自身の言葉による国名はドゥク・ユル(Druk Yul)で、「チベット仏教ドゥク派の国」という意。ドゥクとは雷龍であり、この宗派の開祖にまつわる伝説に由来する。ブータンの人口は70万人。面積は、従来は約46500kuだったが、支那に侵略され、2006年に発表した新国境線で北部の多くが支那領とされ、約38400kuにまで大きく減少し、国土の形も大きく変わってしまった。支那の侵略を受けている最前線でもある。

 1974年まで鎖国を続け、外国文化の流入を拒否してきた最後の鎖国国家だった。1999年までテレビが禁止され、電気、乗用車、電話、テレビが一般に普及したのは21世紀に入ってからと言う。いきなり、この10年ほどで古代がからいきなり現代に突入したようだ。そのため、最後の秘境とか桃源郷(シャングリラ)と見なされ、日本人と顔だちや衣類が似ており、好感をもって報道される場合が多い。しかし、20年ほど前のラオも同じような状況で桃源郷かと思ってしまった。いきなり文明の利器を使うというのは、全く何も貢献してこなかった上に、進歩の過程を知らないということになる。これは、桃源郷に対して、十分な破壊力を持っている。ラオも15年ほど前は穏やかでにこやかな国だったのが、最近行くとタイほどではないが、スレてしまっていた。今は性悪なヴェトナムだって、ヴェトナム戦争前は穏やかな国民だったそうだ。タイ、凄まじいのはネパールのように法外な外国人料金を設定したり、インドネシアのようにオンアライバルだが、ビザに金を取り出した国もある。日本を江戸時代や明治初期に訪れた外国人は、日本人の礼儀正しさ、清潔さ、貧しくとも誇りのある生き方に、この世の桃源郷と感想を述べている。そのとき朝鮮は地球上最低の極悪国と評されている。猶太の支配で、世界中が金金金々になってしまった。プータンもすぐに普通の国に墮してしまうだろう。

 09月にネパールに行って来たのだが、8千m峰を見るだけで散財をしてしまった。ネパールなんて、ヒマラヤと仏跡以外に個人的に魅力がない。ブータンに行こうかとも考えたが、1人の個人旅行はできそうもないし、ビザが必要な上、ブータン政府が滞在料金の公定料金(最低額)1人1日220US$とかを決めているので、高額になる。金が掛かって、ビザを取るなど頭に来るので今回は止めた。インドやパキスタンも厄介なビザが要るので、最近は遠ざかっている。ネパールにしたのも南アジアも2年ぶりだし、ビザが要らないからだ。旅費が高額なのと手続きの煩雑なのが、ブータンを守っている。いずれにしても早く訪れなければ、変わって桃源郷に出会えないのは間違いない。

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posted by cnx at 18:02| Comment(0) | TrackBack(0) | SA | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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