2016年07月10日

バングラデッシュで拷問を受けて残虐に殺されないためのアルクルアーン

ダッカ・レストラン襲撃人質テロ事件
現地時間で2016年07月01日(金)21時21分、バングラデシュの首都ダッカの外交関係施設などが集まるグルシャン地区のホーリー・アーティザン・ベーカリー (the Holey Artisan Bakery) を、武装した7人が襲撃。28人が死亡。うち17人は外国人、2人が警察官。犯人のうち6人を射殺。アルクルアーンの一節を暗唱できた者は命を助けられた。

【閲覧注意】
https://photos.zerocensorship.com/photos/isis/bangladesh-attack/1-dead-bodies.jpg

邦人犠牲者
酒井夕子(42) 浜松西高等学校、筑波大学、アルメックVPI、モロッコに青年海外協力隊員
岡村誠(32) 日本大学理工学部、日本大学大学院理工学研究科、アルメックVPI
下平瑠衣(27) 県立蕨高校、芝浦工業大学、東京工業大学大学院社会理工学研究科、タマサート大学、ハビタット・フォー・ヒューマニティ、アルメックVPI
田中宏(80) 国鉄鉄道技術研究所、日立製作所、個人事務所、オリエンタルコンサルタンツグローバル
橋本秀樹(65) JR東日本、ジェイアール東日本都市開発、オリエンタルコンサルタンツグローバル
黒崎信博(48) 芝浦工業大学、オリエンタルコンサルタンツグローバル関東支店地下構造部担当次長
小笠原公洋(56) 北海道大学工学部、米国の大学留学、北海道大学大学院工学研究科、片平エンジニアリング・インターナショナル
合掌


アルクルアーン開端章


بِسْمِ اللَّهِ الرَّحْمَٰنِ الرَّحِيمِ
Bismi Allahi arrahmani arraheem
ビスミッラーヒル ラハマーニル ラヒーム
慈悲あまねく慈愛深きアッラーの御名において

الْحَمْدُ لِلَّهِ رَبِّ الْعَالَمِينَ
Alhamdu lillahi rabbi alAAalameen
アルハムドゥ リッラーヒ ラッビル アーラミーン
万有の主,アッラーにこそ凡ての称讃あれ

الرَّحْمَٰنِ الرَّحِيمِ
Arrahmani arraheem
アッラハマーニル ラヒーム
慈悲あまねく慈愛深き御方

مَالِكِ يَوْمِ الدِّينِ
Maliki yawmi addeen
マーリキ ヤウミッディーン
最後の審きの日の主宰者

إِيَّاكَ نَعْبُدُ وَإِيَّاكَ نَسْتَعِينُ
Iyyaka naAAbudu wa-iyyaka nastaAAeen
イイヤーカ ナアブドゥ ワ イイヤーカ ナスタイーン
わたしたちはあなたにのみ崇め仕え,あなたにのみ御助けを請い願う

اهْدِنَا الصِّرَاطَ الْمُسْتَقِيمَ
Ihdina assirata almustaqeem
イヒディナッスィラータル ムスタキーム
わたしたちを正しい道に導きたまえ

صِرَاطَ الَّذِينَ أَنْعَمْتَ عَلَيْهِمْ غَيْرِ الْمَغْضُوبِ عَلَيْهِمْ وَلَا الضَّالِّينَ
Sirata allatheena anAAamta AAalayhim ghayri almaghdoobi AAalayhim wala addalleen
スィラータッラズィーナ アンアムタ アライヒム ガイリル
マグドゥービ アライヒム ワラッダーッリーン
あなたが御恵みを下された人々の道に,あなたの怒りを受けし者、
また踏み迷える人々の道ではなく



 私的には、バングラデッシュにネットでオンアライバルビザで入国が出来るとか出来ないとか書いてあったので、1人でダッカ空港に降り立ち、すったもんだでオンアライバルビザを空港で取得して入国した。バクシーシを要求されたので腹が立ったが、1ドルを呉れてやった。その通りすがりの旅人の私でさえ、さすがにベンガル語までは手が回らないが、アラビア語は安全のためを習い、イスラム圏ではムスリムの前で変なアザーンを唱じて笑いを取っている。ダッカではガンジス河河口に行くため、ガイドを雇い、ガイドの家に寝泊まりをして、高校をいきなり訪問、ガイドが金を出せというので、歌手を呼んで、近所の数百人と踊りと歌を聞いたりと、いわゆるうるるんをやって帰って来ても、悪いイメージはないわけではない。JICAのODAについてとか、日本人だから殺さないでとか言ったということに対して書きたいことも多々ある。テロ直後に不謹慎と映る向きもあるので今日は控える。しかし、日本という國は、頭お花畑で、政府は税金を取るだけの法治にあらず放置国家で、命を賭けて救援にも来てくれない。パヨクは被害者が出ることを毎日祈っている人非人どもである。善意だろうと金儲けだろうと、危険地帯に行くからには、アルクルアーン くらいは諳じているべきである。その覚悟がないなら、外国に行ったり、移民だらけになりそうな日本で生きていけない。

関連 日揮テロ
http://cnxss.seesaa.net/article/315198624.html
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2012年04月08日

カラコルムでパキスタン兵生き埋め、ギルギットに足止めの77人 極限の1人旅


http://sankei.jp.msn.com/world/news/120408/asi12040817350004-n1.htm
パキスタン軍救援機がギルギット到着 足止めの邦人77人、イスラマバードへ
2012.4.8 17:34

 【ニューデリー=岩田智雄】パキスタン北部でイスラム教スンニ派とシーア派住民が衝突し、ギルギットと近郊のフンザで観光客ら日本人77人が足止めされている問題で、現地へ救援に向かっていたパキスタン軍のC130輸送機が8日正午(日本時間午後4時)ごろ、ギルギットの空港に到着した。在パキスタン日本大使館が明らかにした。

 ギルギット市内の日本人は全員空港に到着している。フンザ周辺の日本人らが輸送機に乗り込み次第、イスラマバードへ向けて出発するという。

 昨年は、1人でネパールに飛び、マウンテン・フライトで世界最高峰エベレスト(サガルマータ)8848m、4位ローツェ8516m、5位マカルー8462m、6位チョ・オユー8201m、ブッダ誕生の地ルンビニー、ポカラやナガルコットを訪れた。今日はブッダの誕生日、灌仏会である。
 ところで、世界に8000m峰は14座あるが、雨季にも関わらず、幸いなことに、そのうち、10位アンナプルナ8091m、7位ダウラギリ8167m、8位マナスル8156m、など7峰ほどを見ることができた。
http://cnxss.seesaa.net/article/227816865.html

 しかし、以前にパキスタンで、1週間以上待って、世界2位の高峰K2(8611m)や9位ナンガ・パルパット8125m、11位ガッシャブルムT8080m、13位ガッシャブルムU8035m、12位ブロードピーク8047mを見たことがあり、こっちの方が圧倒的に自慢になる。最後の方は怪しいが、ともかく、8000m峰の過半数を見たことになる。

 そもそも、カラコルムに行こうと思い立ったのは、ニッパの督永さんのスカルドゥ旅行記や「オバハンからの気まぐれ通信」を読んだのが始まりで、マイレージが溜まったので、ラホールまで飛んで、PKでイスラマパードまで飛び、ニッパに出向いた。督永さんは運悪く不在で、スタッフと話したが、日本語のできるガイド付きで高いもんだから、1人で行くことにした。こういう具合で会ったことはないが、督永さんは現地で結婚して在住しているので、とにかく詳しい。
 ただし、感じ方は違う。ギルギットなんかフンザへの観光ルートなので、ここに観光客が宿泊していたのは当然すぎるほど当然。「自己責任」というコネ済みとかいう首相の常套句を出すのはどうしてなのだろうか。観光地に観光客が居て、ホテルに足止めされた。それをその国の軍用機で運んだ。それに、パキスタンの軍用機を飛ばすのに、日本政府がタダということはない。邦人保護からも当然の業務である。国会議員の接待なんかよりははるかに意義のあることだ。

http://www.pat.hi-ho.ne.jp/nippagrp/
オバハンからの気まぐれブログ
http://blogs.yahoo.co.jp/kimagure_obahan
GW(旧)北方地域へ行く人は注意〜
2012/4/5(木) 午後 9:54

まずは昨日の続き。 アメリカから「身柄拘束につながる情報」について懸賞金をかけられた当のご本人、昨日早々にイスラマバード近郊で記者会見。 「私はここにいる。米国は懸賞金を私によこすべきだ」と米国を挑発し、悪化している米パ関係に波紋を広げていると。なかなかやるなぁ〜〜〜〜〜 
パキスタン政府はムンバイ同時テロの後、ハフィーズを一時自宅軟禁としたが、テロに関わった証拠はないとして釈放。今回の懸賞金に対しても「(容疑の)具体的な証拠を求めたい」とアメリカに対して不快感を表明したと伝えられている。アメリカはインドとなんぞ密約を交わした結果、こうした行動に出たのであろうな。

さてさて世界中は諸般の事情で治安悪化がエスカレートするばかりだ。これ等には(ディスインフォメーションも含め)「色々な情報」を手軽に得られるようになったことや、人間そのものの感情表現がストレートになったこと、押さえつけられていたモノの爆発等、「赤信号、みんなで通れば怖くない」式の心理があるのだろうか。
オバハンにとって気になる治安は、ギルギット・バルチスターン州(旧北方地域)での悪化。 オバハンが想像するに… 2年近く前の選挙で旧北方地域の主席大臣に少数派であるシーア派が選ばれたこともあるのではないかと…   選挙結果なんだから納得すれば良いと思うのは近代教育を受けた人間だけで、今まで「力」で結果を得て来た人間には納得し難いのであろう、シーア派・スンニー派の溝は深まるばかりだ。

2月下旬、カラコルム・ハイウエーを走行中のバスがコーヒスタンで襲撃され、乗客18名が惨殺。バスから乗客1人1人を降ろして身分照明者を提示させ、シーア派の人間だけを殺したという。もっともその前にはシーア派がギルギットでスンニー派を殺している。ここ何年間かは、その繰り返しだ。
報道によれば、ギルギットの南100Kmのチラスでも、武装集団がカラコルム・ハイウェイを封鎖、複数のバスに乗車していたシーア派9人をバスから降ろし殺害。他、複数のバスにも放火したと。放火されたバスはシーア派に属するものであったのだろう。
ギルギット市内でもバザールの中心路上で手榴弾が投げられる等、死者・負傷者30人以上と。
今冬からの一連の事件で宗教関係者が警察当局に逮捕されたことが因で、警察当局と宗教関係者の間で衝突が生じ、その影響は各地に広まって銃撃事件も多発という。フンザでも日本人が足止めを喰っており、ギルギットでは外出禁止令が出ている。 ギルギットヘは携帯電話も固定電話も通じず、一時的にはかってのアフガン並みの通信事情というところか。

通信が容易になれば事情がより鮮明になり、宗教に凝り固まった狂信者のシーア派・スンニー派間抗争が全国的に広がる恐れもあり、政府は神経を尖らせるのであろうか。通信不能にしているということは…そういうことだが。

首都イスラマバードは日増しに緑が濃くなり、爽やかで気持ちの良い初夏の風情。スイトピーの花は終り莢が丸々と膨らみ乾いた風に揺れている。日中の外は確かに暑いが日陰は快適、家の中も1階は快適な温度。

救援要請は甘ったれ!!!
2012/4/7(土) 午後 2:31

旧北方地域での治安悪化でギルギットやフンザに計77人の日本人が足止めになっている件で、オバハンの経営する日パ旅行社でも障りがあったのではないかと、何人もからお見舞いを頂いた。皆さま有難うございます〜  お陰さまで日パ旅行社のお客は、ただのお1人も足止めなどという難には遭っておられません。
日本政府はパキスタン政府に6日、「邦人の安全な移送など必要な措置を講じるよう要請した」というが、パキスタン政府にとっては、まったく迷惑な話だわ。

というのも2月からの現地治安の悪化に向け、杏の花満開も近いし、GWも近いことだから北方地域への旅行予定者や、日本の旅行会社などへ通達を出すべきだ!!というオバハンの意見は無視されていたからだ。 オバハンなどは万端注意を怠らず、4月1日にギルギット行きの予定を取りやめたものな。母子センターも新学期だし、子どもたちの顔も見たかったというのに…

最近では治安の悪い国や地域への観光旅行には、『自己責任で行きます』という一筆を取って催行する日本の旅行会社もあるようだが、それならばパキスタン政府に救援だのヘリコプターでの移送だのと要請を出すなと言いたいよ!!!ヘリコプター代金を日本(人)が払ったという話も聞かないし、安全対策に欠け問題を起こす観光会社は決まっているというのに。まったくパキスタン政府にとっては迷惑千万!!!!
日本の外務省は怠慢〜〜〜 自分たちの怠慢のつけをパ政府へ「救援要請」なんて形で出すのはおこがましい!

確かに(カラコルムハイウエーを含め)今のところ旧北方地域での治安は悪い。しかし首都イスラマバードでは数年ぶりにロック・メラ(民族祭り)が催されるし、平静な日々が続いているのも知って欲しいけど。それなのにイスラマバードと北方地域の安全基準が同じって、どういうこと?? 
日本の外務省はどんな現地調査をし、判断をしているのか?? 外務省、怠慢〜〜〜

フンザで足止め77人
2012/4/8(日) 午後 4:17

きょうも、「ギルギットやフンザで足止めを食らっているのが日パ旅行社のお客さまたちではないのか?」と心配をして日本から電話を下さった方々、メールを下さった方々、本当に有難うございます。

パキスタン北部で足止めを余儀なくされている日本人77人。ギルギットからイスラマバードへの移送が難しいとかで日曜日にもかかわらず日本大使館は忙しいようだが、他に騒いでいる大使館はないようだ。(日本人以外の観光客は数えるほどらしい)
パキスタン政府にある民間のヘリコプターは某NGOが保留する1つだけで、他はすべてが軍用ヘリコプターだ。 ネパールのように金さえ出せば気軽にヘリコプターや軽飛行機が借りられ、飛ばせるというものではない。 夏場の山岳事故で生死にかかわる時ですら(事故に備えて前金を何千ドルも軍へ払い込んであっても)、好天でないとヘリは飛んでくれない。 観光客達は緊急時への対応として「無料」で運んで貰うのだ。  「自己責任で行きます」と一筆入れての観光旅行、現地でホテルにいる限り身体への危険はない筈。騒がず文句を言わずに状況の落ち着きを待つべきだ。

おまけに印パ国境最東北部のシアチェン氷河で昨朝、雪崩が発生し現地に駐留するパキスタン軍部隊の詰め所がのみ込まれ、135人もの兵士が生き埋めになったというではないの。 こちらは軍務で悪条件の高所に留まっていた民間人11人を含めた135人の犠牲者だ。当然何人もの生存者もいるだろう。6000mもの高所で救助を待っている兵士もいるのだと思うから、1分でも早く救出して貰いたいと念じるが、シアチェン氷河付近も天候が悪くて作業が進んでいないという。

昨日はギルギットヘ固定電話が通じた。現地状況はイマイチで母子センターも閉まったままだ。
オバハンのPCは立ち上げに20〜30分もかかる。なかなかエネルギーを必要とするがオバハン自身の命に関わることではないので不平不満を言わず、じっと我慢をしている。

思考回路はパキスタン人
2012/4/9(月) 午後 0:58

パキスタン政府派遣の軍用機C130でギルギットなどで足止めされていた日本人77人と、国境貿易や工事等の仕事で滞在していた中国人、観光中の韓国人とタイ人(たぶん宝石の原石買い付けだろう)約40人が昨日の午後イスラマバード(軍)空港へ帰着した。やれやれ人騒がせな旅行者たちだわ……
とにかく、オバハン自身は「自己責任で行きます」という一筆を旅行会社に入れて参加したことに拘っている。
日本大使館(外務省)は邦人保護の目的を達し安堵したかもしれないが、その前に団体旅行を催行する会社等に対して、「やるべきこと」があったろうと思う。

パキスタン最北東部シアチェン氷河での雪崩の現場には、軍の統合参謀総長キアニが到着、一人でも多く救助するべく指揮を取っていると。過酷な軍務に就いていた兵士たちの一人でも多くが何とか助かって欲しい。  
「敵国インドが雪崩を起こすべく、基地の上部尾根になんぞ仕掛けたのではないかいなぁ〜」というオバハンの呟きに、息子が「アンタの頭の中は、ホンマにパキスタン人と一緒やなぁ〜」と呆れた。いまさら何を言うか!オバハンの思考回路は正真正銘、パキスタン人でございますル!!

さて本日は数年ぶりで開催の民族祭へ行って参ります〜  首都に暮らしていると本当のパキスタンが見られない。オバハンが心から愛するパキスタンを、息子の小さな娘たちに見せてやりたいと思う。

 朝からラワルピンディーのバスターミナルで、ひたすらギルギット行きのマイクロバスを待った。やっと昼過ぎに出発。カラコルム・ハイウェイを登っていくが、途中で乗降を繰り返す。カラコルムハイウェイは、支那がインドに敵対するためにパキスタンに援助して作り上げた地政学的な要路で、インダス河のV字谷に無理やり刻んで作ったメイド・イン・シナの未舗装道路で、インダス河まて数百mの断崖を走っていく。舗装部もあるが、なにしろ土砂崩れや氷河が道を横切ったりで、全舗装とはいかない。よく車輛が滑落するが、事故が起きると助からない。インダス河に落ち込んだら、死体も回収できないそうだ。とにかく、こういう極限地帯には行ってみないとわからない。昔から、ムジャヒディンが暴れまくったり、生き埋め事故があったカシミールでは、パキスタンが核武装するまではインドと戦闘状態だった。ギルギット・バルティスタン州はテロが多発したり、実質、アフガンゲリラの占領地域もある。
 走る満員のポンコツマイクロバスは唸りを上げて砂利道を走った。下を見ると、はるか数百m下にインダス河の濁流が渦を巻いている。命を懸けたジェットコースターというのがふさわしい。
 途中、何度も軍隊の検問で、旅行客は1人だけで、後は住民だったので、パスポートチェックの度にマイクロバスを降りてパスポートを見せた。ギルギットに着いたのは、何と午前4時。終点の市場らしき所には誰もいない。宿なんか決めてなかったので、とにかくPTDCに行くことにして、真っ暗で野犬が吠え掛かってきて、ホテルに転がり込んだ。とにかく眠いので眠り込んだ。翌朝、目が覚めて外を見ると、ギルギットは周りの山のために、高山なんか見えない。ここの売店に、仮面ライダーの藤岡弘のサインがあった。
 公共機関のバスを使っていると、時刻表なんかあってないみたいなもんだから、PTDCでジープを1人でチャーターした。これでカラコルムハイウェイを走り、フンザからクンジュラブ峠を1週間かけて周り、南に下がって、ナンガパルパットの北をインダス河の本流を遡った。砂漠を走り抜けたり、シャングリラというガンジス河の流れがゆるやかな桃源郷を抜けたところがスカルドゥである。ここを基点にデオサイ高原やカプルー、K2に続くバルトロ氷河、フーシェ谷を回っていた。カプルーには何と日本人がHotel K7 Khapluという宿まであり、小さな娘と住んでいた。

http://karakorum-k1.com/khaplu.html

白きたおやかな峰 (河出文庫) [文庫] / 北 杜夫 (著); 河出書房新社 (刊)白きたおやかな峰・天井裏の子供たち (1976年) (北杜夫全集〈5〉) [−] / 北 杜夫...K2 非情の頂―5人の女性サミッターの生と死 [単行本] / ジェニファー ジョーダン (著); 山と溪谷社 (刊)
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2011年10月15日

近くて遠い国、ブータン


 ブータン王国(Kingdom Of Bhutan Bhutan)という国名は、もともとインド人がチベットを指して呼んでいた言葉に由来し、欧米人の間でブータンという特定の国を指す言葉として定着してしまった。ブータン人自身の言葉による国名はドゥク・ユル(Druk Yul)で、「チベット仏教ドゥク派の国」という意。ドゥクとは雷龍であり、この宗派の開祖にまつわる伝説に由来する。ブータンの人口は70万人。面積は、従来は約46500kuだったが、支那に侵略され、2006年に発表した新国境線で北部の多くが支那領とされ、約38400kuにまで大きく減少し、国土の形も大きく変わってしまった。支那の侵略を受けている最前線でもある。

 1974年まで鎖国を続け、外国文化の流入を拒否してきた最後の鎖国国家だった。1999年までテレビが禁止され、電気、乗用車、電話、テレビが一般に普及したのは21世紀に入ってからと言う。いきなり、この10年ほどで古代がからいきなり現代に突入したようだ。そのため、最後の秘境とか桃源郷(シャングリラ)と見なされ、日本人と顔だちや衣類が似ており、好感をもって報道される場合が多い。しかし、20年ほど前のラオも同じような状況で桃源郷かと思ってしまった。いきなり文明の利器を使うというのは、全く何も貢献してこなかった上に、進歩の過程を知らないということになる。これは、桃源郷に対して、十分な破壊力を持っている。ラオも15年ほど前は穏やかでにこやかな国だったのが、最近行くとタイほどではないが、スレてしまっていた。今は性悪なヴェトナムだって、ヴェトナム戦争前は穏やかな国民だったそうだ。タイ、凄まじいのはネパールのように法外な外国人料金を設定したり、インドネシアのようにオンアライバルだが、ビザに金を取り出した国もある。日本を江戸時代や明治初期に訪れた外国人は、日本人の礼儀正しさ、清潔さ、貧しくとも誇りのある生き方に、この世の桃源郷と感想を述べている。そのとき朝鮮は地球上最低の極悪国と評されている。猶太の支配で、世界中が金金金々になってしまった。プータンもすぐに普通の国に墮してしまうだろう。

 09月にネパールに行って来たのだが、8千m峰を見るだけで散財をしてしまった。ネパールなんて、ヒマラヤと仏跡以外に個人的に魅力がない。ブータンに行こうかとも考えたが、1人の個人旅行はできそうもないし、ビザが必要な上、ブータン政府が滞在料金の公定料金(最低額)1人1日220US$とかを決めているので、高額になる。金が掛かって、ビザを取るなど頭に来るので今回は止めた。インドやパキスタンも厄介なビザが要るので、最近は遠ざかっている。ネパールにしたのも南アジアも2年ぶりだし、ビザが要らないからだ。旅費が高額なのと手続きの煩雑なのが、ブータンを守っている。いずれにしても早く訪れなければ、変わって桃源郷に出会えないのは間違いない。

D31 地球の歩き方 ブータン 2009~2010 [単行本] / 地球の歩き方編集室 (著); ダイヤモンド社 (刊)森とほほ笑みの国ブータン [単行本] / 大谷 映芳 (著); 木楽舎 (刊)秘境ブータン (岩波現代文庫) [文庫] / 中尾 佐助 (著); 岩波書店 (刊)幸福王国ブータンの智恵 [単行本] / アスペクトブータン取材班 (著); アスペクト (刊)幸福大国ブータン―王妃が語る桃源郷の素顔 [単行本] / ドルジェ・ワンモ ワンチュック (著); Dorji Wangmo Wangchuck (原著); 今枝 由郎 (翻訳); 日本放送出版協会 (刊)現代ブータンを知るための60章 エリア・スタディーズ [単行本] / 平山 修一 (著); 明石書店 (刊)幸福立国ブータン 小さな国際国家の大きな挑戦 [単行本] / 大橋 照枝 (著); 白水社 (刊)
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2011年09月27日

死線を超えてきた、サガルマータ(エベレスト)のマウンテンフライト


 この1月半ほど、ブログを休んでいたのは、ネパールに行っていたからで、目的は8848mの世界最高峰サガルマータ(सगरमाथा、チョモランマ(ཇོ་མོ་གླང་མ)、エベレスト(Everest))と仏跡ルンビニである。

サガルマータ.JPG


絶景 エベレスト街道をゆく~標高5000m 天空のトレッキング~ [DVD]エベレスト登頂請負い業 [単行本] / 村口徳行 (著); 山と渓谷社 (刊)落ちこぼれてエベレスト (集英社文庫) [文庫] / 野口 健 (著); 集英社 (刊)エベレストを越えて (文春文庫 (178‐5)) [文庫] / 植村 直己 (著); 文藝春秋 (刊)エベレスト―非情の最高峰 [大型本] / ブロートン コバーン (著); 日経BP出版センター (刊)

 この便と同じく、午前5時に起きて、世界最高峰のサガルマータ(チョモランマ、エベレスト)を見て来た。サガルマータとは、「世界の頂上」という意。幸いにも、イェティー航空の小型機は、墜落しなかった。乗り込むまでに3回以上のボディーチェックがあり、国内線は全て1席と通路に2席の横3席の小型機で、飛行機のドアがタラップを兼ねている。そして、驚いたのは、どこの国でも、パキスタンでもエジプトでも飛行機が飛び立つ前に安全の注意があるが、これが一切ない。耳栓の脱脂綿とキャンディーとコーラを毎回配ってくる。もっと驚いたのは、アグニ航空ではシートベルトが閉まらず、そのまま飛び立った。しかも、腹が立つことに、普通の国内線でも、ネパール人料金の5倍ほどの外国人料金を払うことになる。たかだか数十分のマウンテンフライトで、何と200US$弱もふんだくられた。しかも、カトマンドゥ空港(トリブバン空港)は、周囲を高山に囲まれているために離着陸が難しく、墜落事故が多発している。我々の血税が、ODAで、この空港の改良?につぎ込まれた。しかし、ネパール人とは土人であり、安全性などを考慮しているとは思えない。今回の事故のように、常に墜落の危険性がある。

 インドほどではないにしても、ネパールは南アジア。この野蛮な国では、世界の常識は通用しない。南アジアは古代だと考えておいた方が精神衛生に良い。2001(平成13)年06月01日には、父のビレンドラ国王と母のアイシュワリャ王妃に結婚を反対されたディペンドラ王太子が、銃を乱射し、国王夫妻、シュルティ王女、ニラジャン王子、王の妹や弟ら9人が射殺し、自身も直後に銃で自殺を図り、意識不明のまま06月04日に死亡した。ネパール王族殺害事件と呼ばれる。しかし、不審な点が多く、新国王に着いたギャネンドラの陰謀というのが定説である。ギャネンドラは、内外の信を得れず、王政を廃止し、ネパール共産党毛沢東主義派(マオイスト)が権力を握っている。

アンナプルナ.JPG


処女峰アンナプルナ―最初の8000m峰登頂 (yama‐kei classics) [単行本] / モーリス エルゾーグ (著); 山と溪谷社 (刊)アンナプルナ周遊 [単行本] / 内田 良平 (著); 山と溪谷社 (刊)

 世界に8000m峰は14座あるが、雨季にも関わらず、幸いなことに、今回、そのうち、サガルマータだけではなく、ポカラやナガルコットにも行って、アンナプルナなど5峰ほどを見ることができた。しかし、以前にパキスタンで、1週間以上待って、K2やガッシャブルム、ナンガパルパットを見たことがあり、こっちの方が圧倒的に自慢になる。ともかく、8000m峰の過半数を見たことになる。所詮、地球の皺か襞に過ぎないと言えばその通りなのだが。

ルンビニ.JPG


ルンビニ―釈尊生誕の聖地 [−] / 宮地 国男, Krishna Rijal (著); フリ...
ブッダのことば―スッタニパータ (岩波文庫) [文庫] / 中村 元 (翻訳); 岩波書店 (刊)ブッダの真理のことば・感興のことば (岩波文庫) [文庫] / 中村 元 (翻訳); 岩波書店 (刊)心がスーッとなるブッダの言葉 (成美文庫) [文庫] / アルボムッレ スマナサーラ (著); 成美堂出版 (刊)『ブッダ 真理のことば』 2011年9月 (100分 de 名著) [ムック] / 佐々木 閑 (その他); NHK出版 (刊)

 また、4大仏跡のうち、ゴータマ・シッダッタ(釈迦)の生誕の地、ルンビニにも行った。以前にインドに行ったときには仏縁なく、釈尊の成道(悟り)の地、ブッダガヤに通じる橋が洪水で通れず、止むなく断念。初転法輪(初説法)の地、サルナートでお茶を濁しただけだった。釈尊、涅槃(入滅)の地、クシーナガラには行っていないのだが、4大仏跡の過半数を巡礼したことになる。しかし、雨季に傘も合羽もなく、延々と歩いてずぶ濡れになり、何と外国人料金を払って、裸足になり、石の上、工事中で砂利や泥、草の上を歩かされた。どこにでもある菩提樹の下で雨宿りをして一息をついたが、苦行としか思えない。しかし、ここで僧が座布団を譲ってくれたのが嬉しかった。

 一番、甚だしいのは、インド洋大津波の前日にプーケットに降り立ち、プーケットで過ごす筈だったが、急遽、チエンマイに飛んだ。ハジャイでは、日本人がシンガポール人の強盗に殺される1週間前に同じホテルに泊まり、爆弾テロの1月ほど前に同じホテルに泊まった。バリ島では、爆弾テロの1月前、パキスタンでは大規模地震の半年程前に訪れている。今回のマウンテンフライトは、半月後に起こっている。死線を超えてきたというか、訪れる所に災害が起こっている。

D29 地球の歩き方 ネパールとヒマラヤトレッキン 2011 [単行本(ソフトカバー)] / 地球の歩き方編集室 編 (編集); ダイヤモンド社 (刊)旅の指さし会話帳25ネパール (ここ以外のどこかへ!) [単行本] / 野津 治仁 (著); 情報センター出版局 (刊)もっと知りたい国ネパール [単行本] / バッタライ ナビン (著); Bhattarai Navin (原著); 心交社 (刊)ネパールに行ってみた!―Asian deep walking (Big comic books―Back‐packer’s guide) [単行本] / 堀田 あきお, 堀田 かよ (著); 小学館 (刊)
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2010年10月02日

米軍がパキスタン領空を侵犯、パキスタン国境警備兵3人を殺害


 AFPはNATO軍と報じているが、実はNATO主導の国際治安支援部隊(ISAF)。司令官は米国のスタンリー・マクリスタル大将。43ケ国から約7万1030人を擁し、NATO(北大西洋条約機構)国が主力だが、非NATO加盟国、非EAPC(欧州・大西洋パートナーシップ理事会)も含む。米国が3万4800人と最多。次いで英9000人、独4365人、仏3095人、加2830人、伊2795人、豪(非NATO非EAPC)1350人、ポーランド1910人、西1000人など。

 明らかに、パキスタンという独立国の主権を無視し、パキスタン人を人と思わない人種差別のなせる技である。日本に原爆を2発も落とし、国際法違反の非戦闘員を虐殺したのと同じ構図である。野蛮な毛唐(毛の多い支那人の意)と支那畜生は地球の敵だ。死に絶えてもらいたい。

 パキスタンには10年ほど前に、また、かつては東パキスタンと呼ばれていたパングラデッシュには昨年訪れている。イスラームという宗教のためインドから分離し、かつては西と東に飛び地状態の分断国家だった。しかし、インドなんかよりはるかに好感がもてた。ただ、パキスタン(西パキスタン)は東パキスタンを差別したり、10年ほど前にはインドとのカシミール紛争でアフガンやアラブからタリバンなどがやって来ていて、乱暴狼藉を耳にしたのを覚えている。パングラデッシュは世界最貧国だが、アラカン(ヤカイン)族の分離問題があるが、首都ダッカは平穏である。

http://sankei.jp.msn.com/world/asia/101001/asi1010012218006-n1.htm
 NATO主導の国際治安支援部隊(ISAF)の攻撃を受けて、パキスタンの国境警備隊員3人が死亡したのは9月30日朝。ISAFのヘリコプター2機がアフガン東部からパキスタン北西部部族地域クラム地区に越境、空爆した。

 パキスタン側で武装兵士数人を殺害したことを認めたISAFは、「自己防衛だ」と主張。パキスタン軍はこれに対し、ISAFの越境攻撃は「この1週間で3度目」と反発している。

 米紙などによると、米軍無人機によるパキスタン部族地域での空爆は9月に急増し、20件を超えた。アフガンからのヘリによる越境攻撃は無人機ほど多くないものの、やはり9月に入ると頻度が増したという。

 アフガン国内でISAFを攻撃する武装勢力がパキスタンを拠点にしているにもかかわらず、パキスタン政府は同勢力を野放しにしており、米軍などがこれにいらだちを強めていることが背景にあるようだ。

 一方、パキスタン政府は越境攻撃への報復措置として、同国北西部のカイバル峠を通ってアフガン入りする道路を遮断、NATOの車両などが足止めされている。

 1日にはパキスタン南部シンド州シカルプルで、NATO部隊向けの燃料輸送車約30台が武装集団に襲われる事件も起きた。

 パキスタン政府は今回、報復措置を取るなど対外的に強硬姿勢を示してみたものの、NATO軍の「国内通過料」が同国の貴重な収入源になっているという事情もあり、通行阻止は一時的との見方もある。

posted by cnx at 15:35| Comment(0) | TrackBack(0) | SA | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする