2009年12月06日

ユダヤの環境利権と科学データーを捏造する環境ゴロ


 ジョーンズ所長が書いた個人メールの1つは、「気温低下を隠すため」気温の統計データに手を加えた「トリック」が使われたことに言及しているとされ、温暖化の科学的根拠に疑問を投げかけるものだとして騒ぎになっていた。

 ジョーンズ氏は前月30日、温暖化は発生していて人為的なものだとするデータを科学者たちが隠そうと、電子メールを文脈から切り離していると反論し、調査が終わるまで所長職から退くと発表した。

 地球温暖化というのは、ユダヤのロスチャイルドが絡む「環境利権」で、ここに環境ゴロツキが乗っている。科学ではないインチキなのだから、記録の捏造をしてでも金を儲けようとする、それがユダヤである。

http://takedanet.com/2009/08/post_1910.html

懐疑派が正統派になった瞬間


アメリカを襲った大干ばつの前の年,つまり1987年にアメリカ上院議員,ティモシー・ワースは世界的なネットワークを持つ巨大メディアCNNの創業者のテッド・ターナーから日本円で1000億円のお金をもらい,地球温暖化問題活動をする国連財団の筆頭理事に就任した.
ちなみに,国連財団会長はマスメディアの雄,テッド・ターナーであり、専務理事にはあのロスチャイルド家のエンマ・ロスチャイルドであった。
ロスチャイルド家はかつては石油で大もうけした家だが,今では国際金融を牛耳っている世界の帝国でもある。
お金をもらい筆頭理事になったティモシー・ワースにしてみれば,早い内にテッド・ターナーとエンマ・ロスチャイルドにゴマをすらなければならない.

でもそのチャンスは意外に早く来た。それが1988年のアメリカの大干ばつと都市の暑い夏だった.
農作物の収穫に問題がでそうだとの見方が有力になった6月になると,ワースの活動は活発になり,アメリカ上院のエネルギー委員会で地球温暖化の公聴会を行うことになった.
1988年6月23日,ワースがこの日に公聴会の開催を持ってきたのには理由があった.彼は,過去の気象を調べて、ワシントンの最高気温がこの日に記録されていることなどから見て,一番暑い日になる可能性が高かったことに注目した.
さらに,委員会当日になると,委員会の室の冷房を切ってしまった。
彼の計画通り,6月23日は非常に暑い日となり、冷房が切られた室内はもの凄い暑さになった.
そんな中で,証言に立ったアメリカ航空宇宙局ゴダード宇宙研究所のジェームズ・ハンセン博士が、「アメリカの暑い気象が地球の温暖化と関係していることは99%の確率で正しい」と証言した。

なにしろこの公聴会自体がCNNの肝いりである。公聴会の発言は直ちにマスコミが大々的に報道し、それまで不遇を囲っていた「温暖化派」は一気に舞台の中央に躍り出たのである。
かくして,その日を堺に,従来の主流「地球は徐々に寒冷化する」という地球物理学者たちは「懐疑派」になり,それまでの懐疑派「CO2が地球を温暖化する」と主張する一派が,政治的実権(学術的ではない)を握った.

もともと,地球は徐々に寒冷化していくというのが,地球の気温を研究している学者では多かったのだから,その点では「CO2温暖化説」というのは「新学派」の主張だった.

ワースはそれを政治的にひっくり返すのに成功したのだ.いま,日本で「CO2温暖化説」に疑問を呈する学者を「懐疑派」などと言っているが20年前は逆だったのである。

学問は懐疑を大切にするものだから,CO2温暖化説が新学説であっても,また寒冷化に対する懐疑派であっても,それはとても結構なことで,それによって議論が深まり,より真実に近づくことができる.
学問は真実を求める欲求であり,それが人間に取って難しいことも知っているので,懐疑は歓迎なのだ.
懐疑を嫌いな人は学者を止めて,政治家になったらよい.また事実を尊重せず,自分の意見や政治のマジョリティーに関係のあるマスメディアの記者も職業を変えた方が良い.


posted by cnx at 01:23| Comment(0) | TrackBack(0) | Eu | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月04日

おフランスの観光スト


 ルーブル美術館(Louvre Museum)やベルサイユ(Versailles)宮殿、ノートルダム寺院(Notre-Dame Cathedral)、凱旋門(Arc de Triomphe)、オルセー美術館(Musee D'Orsay)、ポンピドー・センター(Pompidou Centre)がストのために休館。パリで見るところがなくなる。

 シャンゼリゼはどこかに書いたので、今日は凱旋門。スペインだのイタリアの小国だの弱っちい国に勝ったのを記念した門だが、恥ずかしながら、どこから入るかわからなかった。地下道を通るのが正解だが、ロータリーになっているので回りを車がひっきりなしに通る地上を走って到着した。そうしたら、エレベーターが故障。いかにもおフランスらしい夏の暑い中を階段を登った。大汗をかいて登った門の上を吹き抜ける風が涼しかった。

 以前にはユニオンショップの企業で組合員だったこともあり、早朝5時に起きてビラまきとかやらされたこともあるので、労働者の権利というのも理解できないではないが、観光客しかいかない場所でストというのはいただけない。おフランスに観光に来たとしたら、折角、おフランスまで来て反仏になるのは間違いない。

 リーマン・ショック、ドバイ・ショックのこのご時世におフランスだけは別世界で、フランスの農民や組合員がやってきた抗議を暴力に訴える長い伝統がある。なにしろ、毎年、大晦日には数百台の車に火が付けられるお国柄なのだから。

 スーパーコンピューターやロケットなど科学技術予算を削る支那の回し者の蓮なんとかという女にも腹が立つが、何でも金々で、科学と学習に小学5年生・6年生が休刊(廃刊と道義)になる。中1コースとか中1時代とか、安物万年筆欲しさに買った雑誌も10年ほど前に廃刊になっている。金だけが全てだという風潮に殺意を覚える。

おフランス(aux France) その3
http://pub.ne.jp/cnxb/?entry_id=1419443
 1961年10月17日、パリのど真ん中でアルジェリア戦争(1954〜62年)に反対する3万人のアルジェリア人の非武装で平和的なデモ隊を警官隊が襲い、70〜200人を虐殺し数百人が負傷、死体をゴミ箱やセーヌ川に投げ入れるという虐殺(Paris massacre of 1961)が発生した。(中略)日を追うごとにセーヌ川の岸におびただしい数の死体が打ち上げられていったが、警察はこの死者の数を訂正しなかった。さらに酷いことには、この事件が起こったことは、1998年まで秘密にされてきた。

 2005年10月27日にフランス・パリの東にある郊外から全国に飛び火したパリ郊外暴動事件が発生した。北アフリカからの移民は、警官隊に向かって銃を撃ち、全く罪のない非移民を1人殺し、店舗を壊し、無数の車を燃やした。もっとも、フランスでは大晦日に毎年400台程度の車が燃やされるそうだから、それほど大したことではないらしい。
posted by cnx at 19:09| Comment(0) | TrackBack(0) | Eu | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月18日

ギリシア暴動再び


 昨年12月06日夜、首都アテネ中心部エクサルヒア地区において、約30人の若者が警察車両を襲撃し、これに応戦した警察官の銃撃で15歳の少年が死亡する事件が発生。この事件をきっかけに、同日夜から翌07日にかけて、抗議のためにエクサルヒア地区やアテネ工科大学付近に結集した若者が、銀行や店舗、車両などを破壊、放火するなど大規模な暴動に発展し、警察官24人が負傷したほか、31軒の商店、9か所の銀行及び20台の車両が損害を受けた。また、暴動はアテネ市内のみならず、テッサロニキ、パトラ、イオアニア、クレタ島イラクリオ、レシムノ、ベルリンやロンドンなどのギリシャ大使館などにも飛び火。
 09日午後には、死亡した少年の葬儀がパリオファリロン地区で行われ、この葬儀にあわせて、暴動も活発化した。更に、10日以降、ギリシャ労働組合を始め、各団体によるデモや集会が行われた。新聞社や警察本部などが襲われ、テレビ局のスタジオも一時占拠された。
 背景にあるのが、高失業率や低賃金。カラマンリス政権は経済立て直しに着手したが、不満の解消に至らず、事態沈静化のため、英国のロンドン警視庁への協力要請に踏み切った。  
 ギリシャでは1985年にも15歳の少年が警官に射殺されたことをきっかけに、アテネの同じエクサルヒア地区で警官隊と極左の若者たちが衝突する事態に発展した。

 日本もぽっぽのCO25%削減、恵まれた家庭に育ったものだから脱税、東アジア共同体、日本列島は日本人のものではない発言に留まらず、ミンス党の売国奴の地方参政権・人権保護法、戸籍法、外国人住民基本法に始まる反日法案を可決する動きが現実化している。抗議活動を起こして、小沢一郎、鳩山由紀夫、菅直人、岡田克也、円より子、千葉景子、岡崎トミ子、山岡賢次、仙谷由人、横路孝弘らを血祭りに上げるべきである。
posted by cnx at 17:46| Comment(0) | TrackBack(0) | Eu | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月09日

怪盗ルパンの国だもの おフランス



 イギリスではシャーロック・ボームズ。フランスでは怪盗ルパンが有名だ。探偵ルコックもあるけど、あまり有名ではない。

アルセーヌ・ルパンのテーマ


 不倫で淫乱、泥棒が国是。植民地を海外県と称して、未だに独立させないフランスには強盗が似合う。独立に当たって戦争に追いやった、アルジェリアやベトナム。どちらもアルジェリア戦争、ベトナム戦争の原因を作った。また、内戦が続いたコートジボアールやカンボジアなどの悲劇の元も作っている。カンボジアでは、フランスに留学して共産主義を持って帰ったポルポトが200万人(国民4人に1人)を虐殺している。また、アルジェリアと南太平洋の島は、核実験で汚染されている。ついでにいうと、ゴーギャンというロリコン買春家で有名なタヒチという島もある。世界中に強欲な領土泥棒の爪痕が残されている。

 犯罪者は、小説、講談、演劇、映画の題材になっている。「明日に向かって撃て」とか「俺たちに明日はない」というのも実話だし、日本でも3億円事件の犯人がヒーロー扱い。石川五右衛門、鼠小僧、極悪なヤクザの国定忠治でさえ、ヒーローで、任侠映画でヤクザが美化され、高倉健が銀幕のヒーローにもなった。別にフランスだけのことではなく、大泥棒はヒーローで、小泥棒は犯罪者になる。フランスという国一国を盗んだ東欧の移民サルコジは大統領なのだから。
posted by cnx at 18:40| Comment(0) | TrackBack(0) | Eu | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月15日

世襲 サルコジ朝


 ジャン・サルコジは、1番目の妻のマリー・ドミニク・キュリオリの次男。長男のピエールは政治には興味がなく、ヒップホップのプロデューサーをしている。

http://pub.ne.jp/cnxb/?entry_id=2043117
サルコジの女#1 マリー・ドミニク・キュリオリ コルシガの寒村の出身
  1982年にコルシガ島の人口1000人程度の寒村、ヴィコの薬剤師の娘マリー・ドミニク・キュリオリ(Marie-Dominique Culioli)と結婚した。結婚式の立会人は、シャルル・パスクワであった。1983年、ヌイイ市長選挙でシラク派のパトロンを見つけ成功したが、当初はまだしおらしかった。ピエール(1985年生まれ)とジャン(1987年生まれ)の2男をもうける。

 昨年、ジャンは21歳という若さで父親ニコラの地盤のヌイイ・シュル・セーヌ(通称ヌイイ)市からオー・ド・セーヌ県県議に立候補し当選。父ニコラ・サルコジはヌイイ市長を長年務めていた。また、09月10日にヌイイ市役所で、家電販売チェーン「ダルティ」創業者一族の出身でダルティの後継者、ジェシカ・スバウン=ダルティ(当時22)と結婚。2人はリセ(高校)の同級生で、ジャンは、結婚式で新妻に、「16歳の時、君を26歳までに妻にすると約束した。少し早くなったね。」と語り掛けた。 ジャンは当時22歳になったばかりだった。ジェシカ・スバウン=ダルティはユダヤ人であるためジャンはユダヤ教に改宗し、これを「この若者、将来、遠くまで行くよ。」と皮肉ったシネが反ユダヤだと訴追された事件まであった。

 ジャンは、21歳初当選で、親の七光りでいきなり県議会の議長。ジャンは現在、まだ23歳で大学2年。子供が生まれるのも間近だが、学歴もなければ経験もない。ところが、デファンス地区開発公社(EPAD)の総裁になりそうで、現在の総裁デヴジアンを年齢制限で押し出し、ジャンを総裁に就けようと裏で糸を引いているのはフランスの大統領ニコラ・サルコジである。ラデファンスはパリの北にある欧州一のビジネス地区、代々大統領が総裁を任命していた。現大統領のニコラも総裁を務めたことが利権である。

http://d.hatena.ne.jp/temjinus/20091013/p1
一部句読点を追加。
政治家の反応は、
社会党のセゴレンヌ・ロワイヤル:「サルコという名前がなければ、ここまで来れたもんでしょうかね。共和国というのは各人の能力でその居場所を決める社会じゃないですか。名前で決めるもんじゃありません。次期大統領選挙のための布石でしょう。ラデファンス公団は数十億の予算を自由にできるところですから。」
緑の党の党首セシル デュフロ:「皆がぺこぺこするのはサルコジという名前があるからだ。海外ではこんなことは想像もできなければ、聞いたことも無いような事件だ。共和国大統領の息子が23歳で莫大な予算を使う公団の総裁になるなど。」
野党MoDem党首バイルウ:「これといった能力もなければ経験もない23歳の男が公団総裁に任命されるなど、、、フランスという国の基盤が揺らいでいる。」
イルドフランス州議会議長のユション:「私の息子はジャン サルコジより2,3歳上だが、それでラデファンス公団総裁のような重大な責任をまかせることはないと思うよ。」
jeansarkozypartout: 「世界に親父から息子へと権力が委譲される国が3つある:ガボン、北朝鮮、オドセーヌ。」(オドセーヌ県はサルコジの選挙地盤。ラデファンスもここにある。ガボンは死んだボンゴ大統領の息子がまた大統領になりそうなアフリカの国。北朝鮮はご存じの通り。)。
 このスキャンダルは海外メディアの笑いの的になっておりイギリス、イタリア、スペイン、オーストラリアばかりかインド、中国メディアまでがバカにしている。


 父親のニコラ・サルコジは、大統領になると、エリゼ宮(大統領官邸)を私物化し、カルラ・ブルーニ・テデスキとの3度目の結婚式に使ったり、前代未聞のカルラのCDのためのプロモーションビデオの撮影にエリゼ宮を使うという公私混同ぶりのしたい放題で、「民主主義よさようなら。アンシャン・レジームよ今日は。」と言われた。ジャンはサルコジ朝ニコラ2世である。
posted by cnx at 14:48| Comment(0) | TrackBack(0) | Eu | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする