2009年11月25日

李沙馬(サマック) 肝臓癌で逝く


 サマックはタクシンの傀儡で首相になったが、歯に衣着せぬ発言や個性的な言動で憎めない風貌の首相だった。料理が趣味で、これが退陣につながったのだから、皮肉なものだ。
合掌

 タクシンも憎めないところがあるが、スチンダーだのチャワリットに至っては生理的に吐き気がして許せない。ミンス党の菅直人だの小沢一郎だの、カメムシかゾウムシを見るようで吐き気がしてくる。

 AFPは遅すぎる。昨日の朝が今頃になるし、アピシット・ウェーチャチーワ(อภิสิทธิ์ เวชชาชีวะ)とか、タクシン・チナワット(ทักษิณ ชินวัตร)の表記も目茶苦茶、タイ語のコーカイも知らない低能。タクシンは姓のラテン文字表記をシナワトラと気取った表記にしているだけだ。もっとも、国際逃亡犯タクシンは、国際刑事警察機構(インターポール)の国際手配をかわすため、Takki Shinegraという偽名を使っているが。銭形のとっつぁーん。

http://www.geocities.jp/cnxgeo/
11月24日(火)朝
癌で療養中だった第25代 首相のサマック・スンタラウェートが入院先のバムルンラート病院で死去。09月05日から 末期肝臓癌で入院し、23日に容態が悪化し、集中治療室(ICU)で治療を続けていた。享年74歳。
サマック元首相は、2006年の軍事クーデターで失脚したタクシンの依頼で、誰もなり手のいなかったタクシン派のパラン・プラチャーチョン党(すでに解党)の党首に就任。その後の総選挙(2007年12月)でパラン・プラチャーチョン党が政権党となったことで、2008 年01月に第25代首相に就任。しかし、サマック政権は軍の掌握に失敗した上、タイ王室に関する発言や対カンボジア外交などをめぐり野党、保守派の攻撃を受け、発足後数ケ月で閣僚が次々に辞任。08月末には首相官邸にあたる首相府を反タクシン派のデモ隊に占拠された。混乱の中、サマックは首相就任後に出演料をもらいテレビの料理番組に出演したことを憲法裁判所に違憲とされ、副業禁止規定により首相を解職。直後の10月に肝臓癌と診断され、2008年11月05日に肝臓癌治療のためアメリカのロサンゼルスに渡航し、今年01月21日に帰国した後は自宅で療養生活を送っていた。
サマックはほぼ毎日市場で買い物する料理家、猫好き、タイ古典文化の愛好者として知られ、歯に衣着せぬ直截な物言いと相まって、クルングテープ都の庶民に人気があった。都知事だった当時のオーストリア製消防車の購入契約や西松建設などへの排水トンネル工事発注で収賄の疑いが浮上したが、「悪いことをしてたら首相にはなれなかった。」として、全て否定。
サマックの死去について、国外逃亡中のタクシンはミニブログのツイッターに「お悔やみを申し上げる。(タイ国内で行われる)葬儀には出席できないが。」と書き込んだ。政敵だったアピシット首相は「タイ政界にとって損失だ。」と弔意を示した。
また、療養中に親しいオンライン経済新聞関係者とのインタビューの中で、首相時代に取り巻きのいいなりになっていた事を悔いる発言をし、話題になったこともあった。
テレビ報道によると、タイ上院は、サマックに1分間の黙祷を捧げたが、その後の法案審議中に、議場の大型モニターにサマックにそっくりの男性が白い礼服姿で合掌礼する画像が数秒間映し出され、大騒ぎとなった。画像が映し出された原因は不明で、議員らは「サマックさんが別れの挨拶に来た。」と驚いていたという。タイでは大人でも霊の存在を信じる人が非常に多い。
* サマック・スントラウェート
1935年、クルングテープ都生。9人兄弟の7人目。両親は貴族で、先祖はラーマ6世王の侍医。タマサート大学法学部卒業後、新聞記者などを経て、政界入りし、1975年に副農相として初入閣。1976年に右翼団体がタマサート大学を襲撃し多数の死傷者が出た事件では右翼暴徒を扇動したとされる。1970〜1990年代に内相、運輸通信相、副首相などを歴任。2000〜2004年、クルングテープ都知事。2008年01〜09月、首相。趣味は料理、写真、旅行。スラット夫人との間に双子の娘。
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2009年11月17日

反タクシン派集会に手榴弾 子供を含む十数人が負傷


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 国際逃亡犯タクシンがプライベートジェット機でカンボジアを出国しドバイに戻った。これに抗議する反タクシン派の集会に手榴弾が投げ込まれ、子供2人をを含む十数人が負傷した。タクシンは、タイ領空を行きは通過させ、帰りは拒否されたのを文句を言っている。盗人猛々しい。帰りはF16で撃墜すれば解決したのに。

http://www.geocities.jp/cnxgeo/coupdetat/coupdetat.html

11月15日(日)
21時前
クルングテープ都内王宮前広場で反タクシン派団体、民主主義市民同盟(PAD)の集会で爆弾が爆発し、子供2人をを含む十数人が負傷。うち1人は重傷。集会には全国から集まった2万人(報道により約1万5000人とも1万人とも)ほどの参加者が集まっていた。目撃者によると、幹部のソンティ・リムトーングクンが演台で演説中に、演台裏にバイクに乗った複数人の男が手榴弾を投げ込んだ模様。爆発物が2発投げ込まれたとの報道もある。爆発物を投げ込んだ男はPADの警備担当者に捕らえられ、警察に身柄が引き渡された。集会は続行された。
PAD首脳で新政治党党首のソンティらが、タクシンがカンボジア政府の要請を受け入れ経済顧問に就任したこと、および「王制改革が必要」などと発言したとされることを非愛国的と厳しく非難。「政治的思想の違いにかかわりなく国王陛下と国益を守るために国民は一致団結しなければならない。」と強調。
PADはタクシンが英タイムズ紙のネット版に掲載されたインタビューでタイ王室に言及したことと、タクシンのカンボジア政府顧問就任に抗議し、集会を行っていた。
PADの発表によると、爆発物はこれまでに度々連合を狙った爆破に使用されてきたM79と見られ、また、この爆発に絡んで2人組の男が逮捕されているが何れも関与を否定している模様。
この爆発に先立ち、赤服軍団が首相官邸を占拠していた連合のデモ隊に襲撃を仕掛けた前日に発生した爆破事件の際に、所轄署よりも早くタクシンの顧問弁護士と共に現場に到着していた事でも話題になったセー・デーンことカッティヤ・サワディポン少将が、「集会参加者の安全を保障できない。」として集会への参加を思い留まるよう警告していた。
タイは2005年以降、タイ国王の諮問機関である枢密院など保守勢力とタクシン派が対立し、クーデターなどで政権が目まぐるしく交代、政情が混乱している。実質的な民主国家に成長するための混乱期という見方もあり、当分は不安定な状況が続く見通し。

11月16日(月)
反タクシン派団体の民主主義市民連合(PAD)ソンティ幹部は、昨日クルングテープ都内王宮前広場で行われた集会で起きた爆発事件について、「背後に軍部が深く関わっている。」と発言。
これに対し、プラウィット国防相は、「事実ではない。」と否定。

ステープ副首相は、「タクシンを乗せたプライベート機がタイの領空に侵入した場合には、当然の措置として即逮捕に動くことになる。」との考えを示した。
この発言は先にタクシンがTwitter上等でタイの領空の通過を拒否された事に対して不満を述べ、「タイがF16を出動態勢において捕捉の準備をしていた。」と指摘した事を受けたもの。ステープ副首相は、「逮捕状が発行されている者を乗せたプライベート機の領空通過は認められない。」とし、「当該プライベート機の領空通過が確認された場合は逮捕のために捕捉に動くのは当然の措置である。」とした。
「タクシンがカンボジア入りする際にプライベート機がタイの領空を通過したのは、インドを発ったプライベート機から通過許可申請があった時点では当該機にタクシンが搭乗しているのが確認されていなかったためで、確認されていた場合は当然領空の通過を拒否していた。」という。

アピシット首相は、カンボジア警察にスパイ容疑で逮捕されたシワラック・チュティポング(32、31とも)に、一刻も早く面会できるよう外務省にカンボジア政府に要請するよう指示。もしカンボジアが要求を拒否した場合、「きちんとした理由を提示すべきだ。」としている。
シワラック・チュティポングは、カンボジア国内の全フライトの情報を管理する会社に勤めるエンジニアで、タクシン及びフン・センのフライト情報を盗み出し、タイに流し11日に逮捕された。

アピシット首相は、15日夜にクルングテープのサナームルワンで開催されていた民主主義市民連合の集会を狙った爆破事件に絡んで、安全を保障できないとして集会への参加を思い留まるよう警告していたカッティヤ・サワディポン少将が事情聴取対象者の1人になっている事を確認。
また、アピシット首相は、「警察に対して事件発生当時の警備体制に不備や職務怠慢行為がなかったか調査し報告するよう指示した。」と明らかに。

首都圏警察は、「15日に開かれたPA集会に投げ込まれた爆発物は手榴弾で、負傷者は計12名に上る。」と発表。
タクシンの言動を非難するため、都内王宮前広場(サナームルアン)で開催された集会で、PAD首脳のソンティが演説を始めておよそ20分経過した午後09時50分ごろ、ステージの裏手で爆発があった。警察は当初、爆発物は手製か強力な花火とみていたが、現場で見つかった破片から手榴弾であることが判明。爆発は人がたくさん集まっていた場所から350mほど離れており、犯人が集会参加者の殺害を意図していたのかは不明。なお、爆発の直後に容疑者が逮捕されたが、取り調べの結果、無関係だとわかり釈放。
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2009年11月15日

オバマにポッボら NO You Cannot!


 オバマにポッポ、アピシット、胡錦濤、李アキヒロ、李顯龍(リー・シェンロン)ら。お前らは何もできはしない。船頭がこれだけ居て、ダメリカの影響力も弱まり、たたき上げた苦労人は皆無。ボンボンが揃って、何も決まるわけがない。

APEC(アジア太平洋経済協力:Asia-Pacific Economic Cooperation)
ASEAN7ケ国(ブルネイ、インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム)、日本、南鮮、支那、台湾、支那の香港、メキシコ、パプアニューギニア、豪、ニュージーランド、米、加、ペルー、チリ、ロシア

http://mainichi.jp/select/seiji/archive/news/2009/11/14/20091114ddm005010039000c.html
13日午後
 6時42分 オバマ米大統領を出迎え。
   46分 日米首脳会談。
 8時33分 大統領と共同記者会見。
 9時13分 大統領とともに公邸へ。
   14分 首相主催の夕食会。
10時37分 夕食会終了。公邸玄関前で大統領を見送り。
11時58分 羽田空港。
14日
 0時24分 アジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議出席のため幸夫人とともに政府専用機でシンガポールへ出発。


 オバマは13日18時半に日本に到着。ポッポとおざなりの会談を行い、ポッポは客を残してシンガポールに24時半に旅立ってしまった。小浜市が恥さらしのフラダンスで出迎えようとして警備に止められたり、オバマの中身のない抹茶アイス演説をして、皇居で昼飯を食べて予定を数時間切り上げて、14時半には日本を離れた。オバマの中身のない抹茶アイス演説に興味を持ったのは、金儲けの英語教材屋とミーハー。ポッポへの当てつけであろう。滞日時間わずか20時間。ポッポは何も決めれない無能でさっさとシンガポールに逃げて、懸案を先送りした。

小浜市応援団はオバマ大統領にカンゲキ
http://www.nikkansports.com/general/news/p-gn-tp0-20091115-566140.html
 オバマ米大統領との面会を求めて上京していた福井県小浜市の「オバマを勝手に応援する会」が14日、専用車の中からオバマ大統領に2度、手を振ってもらうことに成功した。藤原清次代表ら4人は午前中、大統領一行が滞在したホテル前の歩道で待機。演説に向かうオバマ大統領が通りかかった時、車中から笑顔で手を振ってくれた。いったんホテルに戻り皇居へ出発した際は、4人の前を通過後、後ろを振り返って座席後方の窓から左手を振り続けてくれた。

 藤原氏は「私たちの存在を意識してもらえた。講演はテレビで見たが、小浜市のくだりではライブ感を感じた」と興奮。手土産は渡せなかったが「手紙を添えて米国に送りたい」と、満足して小浜市への帰路についた。


 APECでは、マレー系と支那系民族が融合した「プラナカン」を着たそうだが、マレー語で「現地で生まれた子」という意味で、15世紀頃より支那からマレー半島にやってきた支那人の子孫の意味。支那系の国シンガポールの支那服で、融合とはほど遠い。また、赤青緑の3色から選んだそうだが(胡錦濤は赤、オバマは青)、日本を支那に売る侵略者のポッポは支那の赤を選んだ。日本は、宇宙人(侵略者)が首相の国。

 シンガポールに14日夜に到着し、15日には支那。18日についでに南鮮に寄ってアメリカに帰国の予定。米国債を買ってもらう支那には3泊4日。黙っていても買う日本には20時間の形式だけ。

 李朝シンガポールは20回は行っているだろうが、実に詰まらない島だ。李光耀(リー・クアンユー)一族に支配された警察国家で、ゴミやタバコのポイ捨て、路上での痰吐き、冷房の効いている場所での喫煙、交通規則を無視しての道路横断などの「けしからぬ」行為には罰金。公園の花を摘む、カラスやハトなどの野鳥に餌をやる、トイレで水を流さないと罰金。地下鉄やバスの中で飲食することはもちろん、可燃性のものやドリアンの持ち込みでも罰金。そしてガムは禁止。大量持ち込みには最高罰金である1万シンガポールドル。それだけ民度が低く、李光耀が強制したものだが、ガムが買えない。ただし、2004年にガムの販売が再開された。薬局でのみ販売が可能で、「医療用」として認められたガムのみが販売できる程度で、しかも、登録をしないと購入できない。

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2009年11月12日

売国奴タクシン カンボジアにタイの情報を売る


 支那とアメリカの走狗。アメリカに尻尾を振って(阿片やヘロインはCIAの利権:裏予算として植えつけていたのだが)、麻薬戦争と称して、数千人を一審即決の軍事裁判で処刑。また、反対派や反対派のマスコミを弾圧した。現チャクリー朝を倒して、共和制という形のチナワット朝(シンガポールの李王朝を手本としている。)を立てようとしたところ、王家など既存利権勢力から、暗殺未遂やクーデターなどの解答を叩きつけられた売国奴タクシンが、カンボジアで能書きを垂れた。小沢一郎のようにタイ国を破壊してでも、自らの利権を拡大する積もりのようだ。

 日本の国益を損なう害獣で、日本からのODAの10%をピンはねしていた。それまでの政権は3%、ドブネズミのチャワリットでも5%。高速道路もスワンナプーム空港もODAの円借款で散々おせわになっておきながら、感謝もなく、タイでの日本人の地位は低い。

 元々が支那人(母親は広東人)でタイ語の発音も怪しい。

http://www.geocities.jp/cnxgeo/thaksin/thaksin.html
タクシン・チナワット (ทักษิณ ชินวัตร、Thaksin Shinawatra、支那名: 丘達新)

 1949年07月26日生。第31代タイ王国首相( 在任:2001年02月09日〜2006年09月19日)。元警察官僚及び実業家。チエンマイ県サンカ ムペェーングの財閥、チナワット家の出身。タイ語の発音がおかしい筋金入りの客家。 母方では支那人2世に当たる。(タクシ ンの母インディーは支那広東省梅県松口鎮梅教村の出で、客家語、広東語を喋る。)。父方では支那人4世に相当。仇名はメーオ、แม้ว(モン族の意)。
同じ客家で、シンガポール建国の父、李光耀(リー・クア ンユー)を尊敬する。
2006年09月19日のクーデター直前に国連総会出席を名目に国外に逃亡。2007年より拓殖大学客員教授。2007年英プレミアリーグ、マンチェスター・シティFCを買収し会長に就任したが、2008年09月、アラブ首長国連邦(UAE)の投資グループADUG(アブダビ・ユナイテッド・グループ・フォー・デベロップメント・アンド・インベストメント)へ売却。2007 年12月の総選挙で傀儡政権(サマック首相)が誕生し、2008年02月にタイに戻っていたが、土地の不正取得の汚職防止法違反の罪で、保釈中で最高裁で禁固2年の実刑判決が下る 直前の2008年08月、北京五輪観戦を名目に国外に逃亡。以後、アラブ首長国連邦(UAE)を拠点として、アフリカ、中米、南太平洋諸国などを転々として国際逃亡を続けながらも 、タイ国内の赤服(タクシン派)を操り、パタヤでのアセアン関連会議の会場に突入させ中止させるなど、影響力を保っている。

 「タクシン」の綴りはทักษิณ 、Thaksin 、支那名は丘達新であり、トンブリー王朝の「タークシン」王の綴りは ตากสิน 、Taaksin 、支那名は鄭昭であり、全く 異なる。
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2009年11月11日

売国奴タクシン カンボジア入り



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バンコクポスト紙の速報は共同通信の報道として、「カンボジア政府筋がタクシンが10日朝にカンボジアのプノンペンにプライベート機で到着した。」と報じた。
先にフン・セン首相付顧問及びカンボジア政府付経済政策顧問に任命されたタクシンは12日に約300人の経済専門家などカンボジアの官僚らにが出席する経済関連会議の席上で講演を行う予定。また、タクシンは先に10日にネットラジオ等を通して顧問任命に至った経緯を説明する意向を明らかにしていたが、放送がプノンペンから配信されるのかは不明。
タイ政府は、タクシンのカンボジア入国が確認され次第国際犯罪人引渡条約に基づき、タクシンの身柄引渡を要求する方針を確認しているが、フン・セン首相はカンボジアのメディアに対して身柄引渡要求を拒否する方針を表明。
反タクシン派の民主党を中心とするタイ政府はタクシンがカンボジア政府の顧問に就任したことに抗議し、05日に駐カンボジア大使を召還。10日の閣議で、タイ、カンボジアの双方が領有権を主張する重複海域の共同開発をうたった覚書の破棄を決定。重複海域は2万6000㎢、天然ガスなどの埋蔵が期待されている。カンボジアもタイ政府の措置に対抗し、駐タイ大使を召還。
タイとカンボジアが加盟する東南アジア諸国連合(ASEAN)は11月半ばにシンガポールでアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議、米国・ ASEAN首脳会議を開催する予定で、タクシンとカンボジアのフン・セン首相は世界の注目が集まる時機を狙って、タイの反タクシン派政権に揺さぶりをかけた模様。タクシンは英紙タイムズのインタビューで、タイの立憲君主制の問題に踏み込む発言も行い、タイ国内で強い反発を招いている。
タクシンとフン・セン首相はタクシンが実業家だったころからの知り合いで、度々ゴルフを一緒に楽しむ間柄。こうした背景に加え、フン・セン首相はタクシンに政治的な借りがあるとされ、立憲君主制下の政権運営という共通する経験もある。タイを分裂させ、国境紛争を有利に運びたいという思惑もあり、タクシン支援に動いたもようだ。
一方、タクシンがカンボジアと結んでタイ国内に揺さぶりをかけるという危険な戦法に出たのは、タイ国内にある760億Bに上る一族の資産が汚職容疑で凍結され、裁判で没収される可能性が高まったためとみられる。タクシン自身がタイムズ紙のインタビューで認めたように、民主党政権を解散総選挙に追い込み、タクシン派が選挙に勝利し政権に復帰しても、街頭デモやクーデター、司法判断などで再度政権崩壊に追い込まれるのは目に見えている。タクシンは問題が解決できるのは「国王、もしくは次期国王である王子だけ。」としており、諸外国にタイの実態をさらすことで反タクシン派に圧力をかけ、何らかの譲歩を引き出すことを狙っているようだ。


 国際逃亡犯タクシンは、ドバイからタイと国境問題で揉めているカンボジアに乗り込んだ。フン・センは、元ポルポト派の将軍で、タクシンと利権が絡み、犯罪者引渡条約の締結国でありながら、タクシンを経済顧問に据え、自身の利益とカンボジアの国益を図っている。これだけでもタクシンは売国奴と糾弾されているが、その上に、タイムズ紙とのインタビューで、国王ラーマ9世は入院中なのにも関わらず、国王の死後、評判の悪い王子ワチラロンコンを出して王室改造まで言及した。タイには不敬罪がある。王妃のシリントンはこの馬鹿息子に王位を継承させたがっているようだ。

 実は、王位継承権を持つのは、ワチラロンコン王子だけではなく、「眠り豚」として国民から絶大な人気のシリントン王女が居る。現ラーマ9世は、兄のラーマ8世が王宮内で射殺されて、王位を継承した歴史がある。父王は娘に王位を継承させるのが良策と見ている節がある。これはタイでは触れてはならない最大のタブーである。

 また、タイの歴代王朝の中で絶大な人気を誇り、大王の名をもつ(3人しかいない)ラーマ5世(チュラーロンコーン大王)。わずか100年ほど前まで、タイには奴隷制など古代の身分制があり、これを改革(チャクリー改革)し、英仏列強の圧力から、領土を蚕食されたが独立を保った。タイでは不敬に当たるので上映禁止だが、映画「王様と私」では、ユル・ブリンナー演じる、ラーマ4世(モンクット王)の息子の英邁な大王。チュラーロンコーンはとタイの東大にあたる大学名でもあり、タイ人の家庭で、肖像が神のように飾られているのをよく目にする。チュラーロンコーンは正妻・副妻に異母の姉と妹を持ち、側室を入れた妻の数は160人以上、子供の数は77人と歴代最高。ラーマ6、7世は息子、ラーマ8、9世は孫にあたる。シリキット王妃も孫で、いとこ婚。歴代の権力構造(軍や官僚、財閥)は枢密院を通して,王位継承問題など王を操っているとも言える。

 米経済誌フォーブスが発表した世界の王族資産番付で、タイのプミポン国王が推定資産350億ドル(約3兆8000億円)で第1位であり、クーデターもタクシンの失脚も国王の意向と言われる。これは、タイに限ったことではなく、隠し資産になって表立って見えないようになっているが、実は現在の金融市場にヨーロッパの王族・貴族(中世の権力)の保有する資産が運用されている。例えば、イギリス王室はカナダに広大な不動産を保有している。

タクシン派=赤服(スアデェーン:แนวร่วมประชาธิปไตยต่อต้านเผด็จการแห่งชาติ ネオルアム・プラチャティパッタイ・トータン・パデットカンヘングチャート:反独裁民主同盟:UDD)−新興華僑−北部・東北部農民・タクシー運転手
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反タクシン派=黄服(パンタミット:พันธมิตรประชาชนเพื่อประชาธิปไตย パンタミット・プラチャーチョン・プア・プラチャティパッタイ:民主主義市民連合:PAD)−シリキット王妃−ワチラロンコン王子−軍−プレム枢密院議長−民主党−南部・中央部中間層−旧華僑

‥‥ラーマ9世−シリントン王女
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