2015年03月29日

非公開解除

 2015年03月24日、09時35分バルセロナ発、11時55分デュッセルドルフ着予定のジャーマンウィングス4U9525便(A320)乗客142人と操縦士2人、客室乗務員4人の計148人死亡の副操縦士による南仏山中激突事故の影響で、この3日間、アクセスが100前後を超え、例によって5年も前のある1つの記事だけに集中していた。

 自称専門家かどうか怪しいのが噛みついてきて、ただでさえ鬱陶しいので、非公開にしていたが、折角来てもらって、弾くのは不本意なので、当面非公開を解除することにした。

 ここは事情があって、事実上休眠(当面の間)で、関心は別に向いている。ポータルサイトはこちら。

http://www.geocities.jp/cnxgeo/
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2013年07月08日

非公開

cnxss.seesaa.net/article/140688715.html‎

 アクセスが1000を超え、例によってある1つの記事だけに集中していた。今日も午前で100を超えていている。何年か前のこの記事を開いていても、アフェリエイトが増えるわけでもない。1円の古本が売れても、こちらに金が1円も入るわけでもない。アクセスが多くなると、毎回、精神科の医者ぶった自称専門家かどうか怪しいのが噛みついてきて、ただでさえ鬱陶しいので、当分の間、非公開にする。

 了見の狭いコメントを人さまのサイトに書いてくる気違いは、恥も知らないようだ。反対意見でも理が通っているなら議論をしてもいいが、気違いさんとは関わりたくない。
 嫌なら来るな。裏まで取ってやる必要はない。ここはマスゴミでも大会社でもない。アク禁にするだけだ。第一、ここは日本でもない。日本にいる惚け日本人もどきを呪うだけだ。
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2013年01月23日

ヨーロッパの支那朝鮮=フランスに食い込んだ日揮、平和惚けは日本国内しか通用しない


 平成25(2013)年01月16日、アルジェの南東1300qに位置する、イナメナス(إن أميناس‎、In Aménas)の天然ガス関連施設を国際テロ組織「イスラム・マグレブ諸国のアル・カーイダ機構( الإسلامي、、Tanẓīm al-Qā‘idah fī Bilād al-Maghrib al-Islāmī、英語:Al-Qaeda in the Islamic Maghreb、AQIM)」が襲撃し、人質拘束事件が起こった。17日、アルジェリア軍が作戦行動を開始。ヘリコプターで空爆するなどの攻撃を行い、21日、アルジェリア軍の特殊部隊が現場に突入、制圧して作戦は終了。この戦闘で685人のアルジェリア人労働者、107人の外国人が解放された一方、少なくとも23人の人質と、32人の武装勢力が死亡した。アルジェリア政府は、8ケ国の合わせて37人が死亡と発表。24日、日本人10人の死亡を確認。犠牲になった日本人は全員が日揮の社員と協力会社、派遣社員である。

 アルジェリアは、北アフリカにある国で人口の8割がアラブ人、1847年にフランスの一部となり、徹底的にフランス化された。1962年になってようやく独立を勝ち取ったが、それまでの激しい独立闘争で約100万人が犠牲になった。
 姉妹ブログ、cnxうぇぶろぐの「おフランス(aux France) その3」に詳しい。
http://pub.ne.jp/cnxb/?entry_id=1419443
フランスの野蛮性の検証
〜西欧の朝鮮・東北アジアのフランス〜

 1961年10月17日、パリのど真ん中でアルジェリア戦争(1954〜62年)に反対する3万人のアルジェリア人の非武装で平和的なデモ隊を警官隊が襲い、70〜200人を虐殺し数百人が負傷、死体をゴミ箱やセーヌ川に投げ入れるという虐殺(Paris massacre of 1961)が発生した。
 10月06日に警官がアルジェリア民族解放戦線(FLN)に襲撃されると言う事件が起こり、パリ市警視総監のモーリス・パポンは「一発やられたら10倍にして返す。」と警官の葬儀の際に発言し、パリのアルジェリア人に対し、夜間外出禁止令を命じた。騒然とした緊張感が高まった17日の夕方、「アルジェリア人のアルジェリア」をスローガンに夜間外出禁止令への抗議デモを行ったところ、彼らに対する鎮圧は地獄絵となった。
 パリ市内の至るところでアルジェリア人に対する虐殺が行われた。虐殺を免れたアルジェリア人も逃げ場を失い、次々とセーヌ川に身を投じた。また死体もセーヌ川に捨てられ、セーヌ川は血の色で染まった。翌日パリ警察からの死者の発表はわずか2人。日を追うごとにセーヌ川の岸におびただしい数の死体が打ち上げられていったが、警察はこの死者の数を訂正しなかった。さらに酷いことには、この事件が起こったことは、1998年まで秘密にされてきた。
 アルジェリアが地中海を挟んだフランスに支配されたのは1834年。それ以来、フランスは130年近くに渡ってこの地を支配し、100万人以上のフランス人が入植し、アルジェリアを海外直轄県(オラン県・アルジェ県・コンスタンチン県)と称していた。日本の大東亜戦争によって、世界秩序が変わり、白人の圧政に対し、独立の機運が高まり、1954年にアルジェリア独立戦争が始まる。1962年まで続いたこの戦争はアルジェリアに約100万人、フランスに約10万人の犠牲者を出した。
 フランスは、アルジェリアを海外県として、「フランスの秩序を乱す内乱」と捉えていた。フランスがこの戦争を「内乱ではなく独立戦争である。」と認めたのは、戦争が終結して40年近く経った1999年のことである。
 多くのアルジェリア人がフランス人として戦争(普仏戦争、第一次世界大戦、第二次世界大戦、インドシナ戦争など)に駈り出された。第一次大戦の激戦地ベルダンでは1万5000人のフランス軍兵士が命を落としたが、そのうちの600人はアルジェリア人であり、イスラム教徒である彼らの墓には十字架は存在しない。アルジェリア戦争でも多くのアルジェリア人がフランスのために祖国と戦い、アルジェリアで命を落とした。
 アルジェリア独立戦争にフランスは敗れ、現在でも、アルジェリア出身と聞いただけで、フランス人は、敵意をその移民に抱くようだ。インドシナ戦争やアルジェリア戦争でのフランスの残虐行為は、言うまでもない。

 長く社会主義体制の独裁政権が続いた後、1988年ごろから民主化を進め、1992年の総選挙ではイスラム政党、イスラム救国戦線(الجبهة الإسلامية للإنقاذ、al-Jabhah al-Islāmiyah lil-Inqādh、FIS:Front Islamique du Salut)が勝利したが、軍部がクーデターを起こし選挙結果を無効としたため、反発したFISの下部組織、武装イスラム集団(الجماعة الإسلامية المسلّح、al-Jama'ah al-Islamiyah al-Musallaha、GIA:Groupe Islamique Armé)によるテロを頻発させ、アルジェリア南部や周辺のサヘル地域と呼ばれるサハラ砂漠一帯では、AQIMなど、多くのイスラム過激派武装勢力が活動している。
 1994年12月24日、GIAのテロリスト4人がエアーフランスの旅客機AF8969をハイジャックし、乗客220人と乗員12人を人質にし、フランスに収監されている仲間の釈放を要求。交渉に入ったフランス政府は、旅客機をマルセイユ空港に誘導した。2日後の26日17時頃、フランスの国家憲兵隊治安介入部隊(GIGN、Groupe d’intervention de la gendarmerie nationale)は旅客機に突入し、テロリスト4人全員を射殺して人質を救出した。20分続いた作戦はテレビで生中継され、2010年に「フランス特殊部隊 GIGN(原題:L'Assaut)」で映画化された。マリもフランスの植民地だったが1960年に独立。フランスは、マリ政府の要請を受け入れて軍事介入。アルジェリアの武装勢力まで関わり、マリの反政府勢力は、「フランスが地獄のドアに入った。」と、決死の抗戦を誓っている。GIAは、エアーフランス機ハイジャック事件後、1995年にパリ市内で8度の爆弾テロを行っている。
 アルジェリアやその南にあるマリ、ニジェールなどでは独立を目指すトゥアレグ族(ベルベル系の遊牧民)の反乱が起きていた。もともと戦闘力に定評のある彼らはリビア内戦に傭兵として参加したことにより、革命に伴って流出した大量の兵器や戦闘経験といった軍事力を蓄え、マリで軍によるクーデターを機にイスラム国家の建設を目指して2012年にアンサール・アッディーン、西アフリカのタウヒードと聖戦運動(MUJWA)やAQIMと協力して反乱を起こし、マリ軍を追放して彼らの暮らすマリ北部(アザワド地域)の独立を宣言。しかし、トゥアレグ族組織(MNLA)と過激派が反発し戦闘が勃発、過激派がトゥアレグ族組織を打倒した。これにより、アザワド地域は事実上イスラム過激派の手に落ちる事態となっている。フランスなど欧米、アルジェリアを含むアフリカ諸国はトランス・サハラにおける不朽の自由作戦、欧州連合マリ訓練ミッション、アフリカ主導マリ国際支援ミッションなどによって間接的にマリ軍を支援してきた。そんな中、マリ大統領の要請に応えてフランス軍が軍事介入し、2013年01月11日にアザワド地域に攻撃を開始した(セルヴァル作戦)。

 こんな国に進出したのが日揮(旧日本揮発油株式会社、英語表記:JGC Corporation、JGCはJapan Gasoline Company)であーる。支那進出企業と全く同じ図式である。

 大東亜戦争の敗戦により、アメリカの属国となり、国際法違反の日本国憲法の前文と9条のお花畑により、日本政府は何もしてくれない。戦争やクーデターなど治安にかかわる事態となったとき、日本大使館よりアメリカ大使館に逃げこむというのが日本国民にとっての正解である。日揮は、こんな分かりきったことも無視し、利益優先で従業員を危険地帯に送り付けていた、日揮の経営陣の無知蒙昧、無為無策を断じるべきである。
日揮広報・IR部長遠藤毅.jpg 中期的には、憲法改正と邦人保護の国軍の派遣だが、短期的には、今回の事件を風化させないためにも、2次被害を防ぐためにも情報の公開が必要である。にも拘らず、日揮は「遺族に配慮して」という個人情報の保護を大義名分として、被害者の名前公開しないなど、隠蔽を策謀した。社長、役員ども、本社で安閑とせず、全世界の危険地帯を回って、派遣している従業員の状況を視察せよ。日揮の広報・IR部長遠藤毅などは化粧にアイラインまで入れている。どさ回りのマツケンばりのオカマが、サンバでも踊るかと、カメラ目線でステージで涙を流しているようだ。IRとはInvestor Relations。投資家の方しか向いていない。被害者は灼熱の砂漠で汗まみれになりながら銃弾や爆弾で焼き殺されたのを思うと怒り心頭である。

平和惚けは日本国内しか通用しない。


死亡が確認された日本人(敬称略)
新谷(あらたに)正法(ただのり)(66)、伊藤文博(ふみひろ)(59)、緒方弘昭(57)、川畑圭右(けいすけ)、木山聡(29)、後藤康次(やすじ)(59)、内藤文司郎(ぶんしろう)(44)、渕田六郎(64)、前川秀海(ひでみ)(60)、山田隆(72)
合掌

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130122/k10014981601000.html
伊藤文博さん(59)
死亡が確認された7人のうち1人、日揮の社員の伊藤文博さん(59)は宮城県南三陸町出身で、岩手県の一関工業高等専門学校を卒業したあと東京工業大学に進学し、博士課程を修了しました。
日揮では、アルジェリア開発プロジェクトの部長を務めるなど、アルジェリアの滞在経験も豊富で、長く現地の資源開発に携わってきました。
母校の後輩の育成にも熱心に取り組み、高等専門学校では、みずからの仕事の内容や技術者の心構えなどについて、たびたび講演していました。
伊藤さんは、野鳥の観察会の会員になってバードウォッチングを楽しむなど趣味も大切にしていたということです。
<母親“いちばん頼りにしている息子だった”>
宮城県南三陸町に住んでいた母親のフクコさん(82)は、自宅を津波で流され、仮設住宅で独りで暮らしています。
フクコさんは、まもなく60歳になる文博さんが、来月、還暦の集まりに出席するために地元に戻るという連絡を受け、文博さんに会うのを心待ちにしていたということです。
今月11日には、出張でアルジェリアに出発すると文博さんから電話がかかってきたということで、これが最後の会話になりました。
フクコさんは「こんなことがあるなんて思わなかった。今は泣くだけで何もできず、ご飯ものどを通らない。私の方がダメになりそう」と時折、涙ぐみながら答えました。
文博さんの人柄については、「電話が来たときに『しっかり食べてるか?』と気遣ってくれる、心優しい子だった。一番頼りにしている本当にいい息子だった」と落ち込んだ様子で話していました。
<友人“夢であってほしい”>
伊藤さんが、来月、出席する予定だった地元の還暦祝いの幹事の1人で、宮城県南三陸町の公立志津川病院の横山孝明事務長(59)は「還暦祝いに出席するという電話が正月に伊藤さんからあり、そのときは『会うことを楽しみにしている』と元気な声で話していました。世界で活躍していた人がこのような事件に巻き込まれることに憤りを感じます。伊藤さんと会えることを楽しみにしていたので、夢であってほしいです」と話していました。
伊藤さんの幼なじみで、小中学校で同級生だった宮城県南三陸町の職員、三浦源一郎さん(59)は「幼いころは家も近く、よく一緒に遊んでいました。中学時代の伊藤さんは頭がよく、ブラスバンド部でトランペットを吹いていました。なぜこのようなことが起きてしまったのだろうと思うとつらいです」と話していました。
また、同じく小中学校で同級生だった町職員の錦部泰子さん(59)は「来月、予定されている地区の還暦のお祝いで、久しぶりに会えると思って楽しみにしていました。世界で活躍されている罪のない方が、このようなことで亡くなることに憤りを感じます」と話していました。
<野鳥が好きだった>
伊藤さんは幼いころから野鳥が好きで、地元の野鳥の観察グループ「愛鳥会」のメンバーに加わっていました。
伊藤さんが30年ほど前、観察グループの創立30周年の記念文集に寄せた文章では、アルジェリアやマレーシアなどで見た鳥のことに触れていて、「このときほど鳥を見る楽しみに感謝したことはない。日本ではたまにしかお目にかかれない鳥も見たし、また、当然、日本では見られない鳥も見た。外国製の図鑑が鉛筆やボールペンの書き込みで、少しずつ賑やかになっていく」と記されていました。
伊藤さんと小学校時代からの友人で、野鳥観察の趣味を通じて交流していた宮城県南三陸町の三浦孝夫さん(64)は「アルジェリアの人質事件をニュースで知ったとき、まず、伊藤さんのことが頭に浮かびました。伊藤さんは小さいころからおとなしく、まじめな人で、鳥の観察力はずばぬけて優秀でした。大人になってからも、帰省したときは、私の家を訪ねてくれて親交が深かったので、今回のことはうそだと信じたい」と話しました。
また、三浦さんは「伊藤さんはアルジェリアに行った際、お土産に砂漠の砂を持って来てくれたり、砂漠にいる鳥の話をしてくれたりした。会社を退職したら、地元の南三陸町で一緒に鳥の観察をしたかっただけに、残念でなりません」と話していました。
渕田六郎さん(64)
亡くなった渕田六郎さん(64)は、昭和23年、鹿児島県肝付町で9人きょうだいの末っ子として生まれました。
兄の渕田光信さんによりますと、渕田さんは地元・鹿児島県の鹿屋市にある工業高校では空手部で活躍し、卒業後は大手建設会社に入りました。英語が得意で、長年、世界各地で現場監督などを務めてきました。
渕田さんは定年前に大手建設会社を退職していましたが、この年末に、帰省した際には、退職した会社からの依頼でアルジェリアに行くことになったと話していたということです。
<兄“本当に残念”>
渕田さんの兄で鹿児島県肝付町の渕田光信さんは(70)、22日朝、親族を通じてアルジェリアで六郎さんの遺体が確認されたと伝えられたということです。
兄の光信さんは、「兄思いの優しい弟でした。この年末に帰省していたときには、一緒にカラオケに行ったし、今度帰ってきたら、温泉に行こうという話もしたばかりでした。まさかこんなことになるとは思っていなかったので、本当に残念です」と話していました。
また、渕田さんの義理の兄で、鹿児島県肝付町の廻実義さん(73)は「突然のことだったので驚いています。本当に残念です」と話していました。

伊藤文博.jpg
http://www.ichinoseki.ac.jp/documents/40thAnniversaryKeynoteSpeech.pdf
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130124-00000004-asahi-soci
日揮最高顧問も被害か アルジェリア紙「死亡」5邦人名
 アルジェリアであった人質事件で23日、新たに日揮社員ら日本人2人の死亡が確認された。同社の最高顧問、新谷正法(あらたにただのり)さん(66)が事件に巻き込まれた可能性が高いことも判明。一方、地元紙は死亡者として日本人5人の氏名を報じている。次々に届く悪い知らせに関係者は言葉を失った。
 新谷さんが事件に巻き込まれた可能性は、日揮関係者が明らかにした。新谷さんは昨年6月、代表取締役副社長を退き、最高顧問に就任。アルジェリア事業を統括する立場で、現地での交渉に参加することも多かった。事件があったイナメナスの天然ガス関連施設には当時、出張で行っていたという。
 新谷さんを知る別の同社関係者は「アルジェリア事業は、会社が非常に大きいエネルギーを注いでいる事業。彼はその中心人物だった」と話した。
 一方、日本人5人の氏名は同日、地元紙シュルーク(電子版)が生年月日と合わせて報じた。同紙によると、死亡が確認されたのは、キヤマ・サトシさん(29)、イトウ・フミヒロさん(59)、マエカワ・ヒデミさん(60)、ゴトウ・ヤスジさん(59)、ヤマダ・タカシさん(72)。
 関係者の話では、5人は、人質になった木山聡さん、宮城県出身の伊藤文博さん、前川秀海さんの日揮社員3人と、後藤康次さん、山田隆さんの関連会社の2人とみられる。
 日本政府と日揮は事件で9人の日本人が死亡したと発表しているが、この5人が含まれるかは明らかにしていない。また、犠牲者の氏名などの詳細を公表していない。
■「帰ったら集まろうと…」
 「負傷した。襲撃犯らといる。状況は悪くない」――。この日、「死亡」と報道された木山聡さんは、武装勢力の人質になっていた際、中東の衛星テレビ局アルジャジーラの電話取材にこう語っていた。木山さんを知る人は声を聞き、心配を募らせていた。
 木山さんは熊本県出身で長岡技術科学大学(新潟県長岡市)に進学後、入社。日揮によると、現場の監督役を任されていた。
 八代高専(現・熊本高専)で同級生だった埼玉県の男性(29)は事件後、他の同級生と電話やメールで連絡をとり合っている。同級生40人ほどの小所帯で、友人同士の結びつきは強い。「木山が無事帰ってきたら、みんなで集まろうって話をしていたんですが」と話す。


 次の日揮事件を防ぐためにも死者に鞭打つようだが、敢えて日本のお花畑に辛言を投ずる。新谷正法最高顧問(前副社長)、伊藤文博理事は、関連会社で殺された人たちと立場が全く異なり、自業自得と言える。
 朝鮮人テロリストに殺害された日本の初代総理大臣の伊藤博文公の名前をひっくり返して名付られたというのも、呆れるが、何より、日揮の理事で国際事業本部長代行でもある。新谷正法最高顧問、伊藤文博理事は、パニックルームを設置しておくとか、自前の警備員を警備させる、従業員に軍事教練を行うとか、最高幹部でもあり、提言できたはずであり、そういう立場の役職である。しなかった、あるいは実現させなかった無知蒙昧が自分の不幸を招いた。
 それを名前を公表しないとは、企業の姿勢が問われるものである。海外メディアでは公表している。たとえば、香田証生事件で名前が公表されていなかったとしたら、首チョンパ事件とでも言うのだろうか。日本政府は、キチガイ首相の小泉の「自己責任」一言で、一切の救出努力を放棄し、テロリストにより首を掻き切られて、映像までが世界中に晒された。名前があるのとないのでは、切実さが異なる。当人にとっても生きた証である名前すら報じられないでは、何のために生きてきて、灼熱の下で殺されたかわからない。次の被害を防ぐためにも、死体写真も掲載べきである。お花畑の国ではなにより必要である。

http://www3.nhk.or.jp/news/index.html?page=cat1
亡くなった新谷正法さん
日揮の最高顧問で、前の副社長の新谷正法さんは、東京の出身で、66歳。横浜国立大学工学部を卒業して昭和46年に日揮に入社しました。
日揮の元役員によりますと、新谷さんは国内での業務が長く、医療分野への進出など、新規事業に関するプロジェクトに数多く携わってきたということです。4年前の平成21年からは日揮の代表取締役副社長を務め、去年6月に副社長を退いて最高顧問となりました。新谷さんは副社長時代の3年前には大学で企業マネージメントに関する講義の講師を務めるなど、社外でも幅広く活躍していました。
日揮の元役員の男性は「新谷さんは頼りがいがある人柄で、若いころから将来を期待されていた人だった」と話しています。
関係者によりますと、新谷さんは事件が起きた今月16日に予定されていた、イギリスの石油会社の幹部らとの会合のため、現地を訪れていたということです。
新谷さんは24日、政府専用機が現地を出発したあとに死亡が確認されました。
“信念の固まりのような人”
日揮の元社員で、新谷正法さんより入社が1年早かった森口健二さんは、新谷さんの人柄について、「社内の会議などでは、自分の考えを臆することなく伝え、理路整然とした話ぶりだった。正義感が強く、信念の固まりのような人で、そうした能力があったからこそ、アルジェリアなど海外でのプロジェクトを成功させられたのだと思う」と話していました。
また、身元の判明につながった指輪について、「銀色の立派な指輪をつけていたのが印象的だった。おそらく奥さんと同じもので大切にしていたのだと思う。それで身元が分かったのだから『そのために現地に持って行ったのか』と思うと感慨深い」と話していました。
森口さん自身も2年間のアルジェリア勤務の経験があり、「アルジェリアには、みんなリスクを覚悟で赴いている。今回の事件は非常に残念だが、新谷さんにとってアルジェリアでの仕事は、国の発展を願って入社2、3年目から誇りを持って続けてきたものなので、悔いはなかったのではないかと思う」と話していました。

亡くなった緒方弘昭さん
佐賀県武雄市の緒方弘昭さん(57)は、地元や東京などで大工をしていましたが、12年ほど前から仕事場を海外に広げ、アルジェリアにも何度か訪れていました。今回は、東京の建設会社から日揮に派遣され、去年11月から3か月間の予定でアルジェリアで働き、現地では現場監督を務めていたということです。
妻の由利子さんによりますと、海外での仕事が多い緒方さんは、国内で過ごす時間を長くしたいと考えていたということで、去年、アルジェリアに出発する直前には「今回は行きたくない」と話していたということです。
事件の6日前の今月10日に電話で話したのが最後の会話になったということで、由利子さんは「夫は今までよく海外でよく頑張ってくれたと思います。夫には感謝のことばを伝えたいです」と話していました。
“優しくて仕事をまじめにする人”
緒方弘昭さんと小学校と中学校の同級生で50年来の友人という大宅輝記さんは「アルジェリアに行く3か月前にも緒方さんと自宅で酒を飲みました。緒方さんは優しくておとなしい人で、仕事もまじめに一生懸命にする人でした。海外では危険な場所に行くこともあるので、『気をつけないといけない』と話していました。最近は、『そろそろ定年で仕事を引退したら一緒に酒を飲もう』と話していました。こんなことになり、どうしようもできず、とても悔しいです。ゆっくり休んでくれと伝えたいです」と話していました。
緒方弘昭さんの地元、佐賀県武雄市の、同業の大工として緒方さんを20代の頃からよく知っているという緒方文悟さん(84)は「大工としての腕は良く、朗らかで指導に立つ人はああいう人がいいと思っていた。現場監督になり成功したのは、人柄がよかったからだと思う。亡くなったのは残念でたまらない」と話していました。

亡くなった川畑圭右さん
日揮の社員の川畑圭右さんは東京の出身で49歳。都立高校時代の担任の教師によりますと、昭和57年に都立高校を卒業後、横浜国立大学に進学し、日揮に就職しました。
高校時代はラグビー部に所属し成績もよかったということで、明るい性格でクラスの人気者だったということです。
高校時代の担任“クラスのまとめ役だった”
川畑圭右さんの高校時代の担任だった橋本健一さんによりますと、川畑さんは明るくひょうきんな性格で、クラスメイトをよく笑わせていたということで、「修学旅行のバスで教師のモノマネをして笑わせていたことが印象に残っています。積極的な生徒で自然とクラスのまとめ役になっていたので、世界を舞台に活躍していたのは納得できます」と当時の様子を振り返りました。
そのうえで「こんな事件に巻き込まれて死亡したということが、全く信じられない思いです。会社や社会を引っ張ってやりたいことを実現させる世代にさしかかっていたはずで、残念、無念と言うしかない」と話しています。

亡くなった木山聡さん
日揮の社員の木山聡さん(29)は熊本市出身で、熊本市内の中学校を卒業後、県内の高等専門学校の機械電気工学科に入学しました。高専時代は「電気研究部」に所属し、開発したロボットの技術を競う「ロボコン」の九州大会にも出場し当時の様子がNHKの映像に残されています。
高専を卒業後、新潟県にある長岡技術科学大学に進学し、大学院にも進みました。研究室で4年間、木山さんを指導した、長岡技術科学大学の名誉教授の石崎幸三さんは「木山さんは積極的な性格で、以前から海外で仕事をしたいと言っていた」と話しています。
石崎さんによりますと、木山さんは修士課程を修了したあと日揮に就職し、クウェート勤務などを経てアルジェリアに赴任したということです。石崎さんが木山さんに最後に会ったのは去年5月の研究室のOBたちとの旅行で、仕事も充実している様子だったということです。
木山さんは武装勢力に拘束されたあと、中東の衛星テレビ局の電話インタビューに答えたとみられていて、報道で声を聞いた石崎さんやかつての同級生たちは無事を祈り続けてきました。
高専の同級生“仲間として誇り”
木山聡さんと高等専門学校で同じクラスだった会社員の男性は「最悪の結果になってショックは大きいです。去年一緒にお酒を飲んだときには、暑い国から帰ってきたばかりで真っ黒に日焼けしていたが、とても元気そうだった。海外の危険を伴う地域で彼が仕事をしていたのは、高専時代から頑張ってきたことのあらわれだったと思うので、仲間として誇りに思います」と話していました。

亡くなった後藤康次さん
東京の建設会社の社員、後藤康次さん(59)は大分市出身です。
後藤さんは、以前、日本の別の企業がアルジェリアで進めていた高速道路の工事で、型枠大工として働いた経験がありました。
会社の関係者によりますと、今回は日揮からの要請で、半年ほど前から日揮のアルジェリアのプラントで働いていたということです。
後藤さんの親族は警察を通じてコメントを出しました。そこには、「日本から遠く離れた異国の地で突然殺害され、とても悔しかったと思います。私たちも突然の悲報を受け、驚くと同時に大変悲しんでいます。今は、少しでも早く家に連れ帰り、供養してあげたいと思っています」とつづられています。
大分市内にある実家の近所に住む70代の女性によりますと、後藤さんは5人きょうだいの3番目で、明るい性格だったということです。10年ほど前に兄が亡くなった際には喪主を務めたということで、ハキハキと力強くあいさつしていた様子が印象に残っていると話していました。
“まじめで仕事熱心”
後藤さんの知人の建設業の男性は「後藤さんは首都アルジェの高速道路の建設現場で働いたあと、いったん帰国し、半年ほど前から今回のプラントの建設現場で働いていると聞いていた。自分もアルジェリアで何度か一緒に酒を飲んだことがあるが、まじめで仕事熱心な一方、気さくで気持ちが優しく、とても明るい人だった。会社の社長からも信頼されていて、型枠の大工として数多くの海外の現場に派遣されていた。亡くなったと聞いてとても残念だ」と話していました。

亡くなった内藤文司郎さん
内藤文司郎さんは愛知県豊橋市出身で、東京の人材派遣会社から日揮に派遣され、去年10月からアルジェリアで働いていました。
内藤さんは、平成21年から22年にかけて別の日本企業がアルジェリアで進めていた高速道路工事の現場で働いたことがあり、現地での経験や内装工事の技術を買われて今回のプラントに派遣されたということです。
内藤さんは、25日に帰国して父親の誕生会を開くのを楽しみにしていたということで、母親のさよ子さんは、24日、「現実を受け入れなくてはいけないと思いますが、どこかから元気で出てきてくれるのではないかという気持ちが捨てきれません」と辛い胸のうちを明らかにしていました。
家族が遺体に対面
亡くなった内藤さんを日揮に派遣していた東京の派遣会社の稲塚博社長は、午前10時ごろ、羽田空港内の施設で内藤さんの母親のさよ子さんや弟の二郎さんとともに内藤さんの遺体に対面し、25日午後、報道陣に対してそのときの様子を語りました。
稲塚社長によりますと、内藤さんの表情は安らかで、寝顔のように見えたということです。母親と弟の2人は声を上げて泣きながらひつぎにすがりつき、「ブン、こっちを向いて、帰ってきて」と内藤さんの名前を何度も呼び続けていたということです。
稲塚社長は「弟の二郎さんは『母は兄がアルジェリアに残してきた魂を呼び戻したかったのだと思う』と話していた。また、二郎さんは『亡くなった原因が知りたい。体に銃弾が残っているならその銃弾が欲しい』と話し、肉親でないと出ないことばだと感じた」と述べ、心情を代弁していました。
また、稲塚社長は、内藤さんに「会社として何も守ってあげられず申し訳ありません」とおわびのことばを述べたということです。
内藤さんの遺体は、26日に実家がある愛知県に帰るということです。

亡くなった渕田六郎さん
渕田六郎さん(64)は、昭和23年に鹿児島県肝付町で9人きょうだいの末っ子として生まれました。
渕田さんは、鹿屋市にある工業高校を卒業したあと、大手建設会社に入社しました。建設会社では、得意の英語を生かして長年、世界各地で現場監督などを務めてきたということです。
渕田さんは定年前に大手建設会社を退職しましたが、退職した会社からの依頼でアルジェリアに行くことになり、日揮のプラントで働くことになったということです。
インターネットの交流サイトには「燦々と降り注ぐ星空を目指し世界各地で仕事をしている。日本には3〜4か月の休暇を利用して一時帰国。次はアルジェリアに行き、砂漠で星空を眺める事に期待を込め!!」などと書き込み、アルジェリアで仕事をすることを楽しみにしている様子でした。

亡くなった前川秀海さん
日揮の社員で神奈川県横須賀市の前川秀海さんは、北九州市出身の60歳。地元の工業高等専門学校を卒業したあと、日揮に就職しました。
高専時代はラグビー部に所属し、4年生と5年生のときには高専の全国大会で優勝したということです。卒業後もラグビー部の仲間たちとの交流を続け、おととし11月にも後輩たちの応援のために集まったということです。
友人によりますと、高専の入学式で新入生代表であいさつするなど、成績は優秀で、日揮に就職したあとは海外に行く機会が多かったということです。
“心に穴があいた気分”
前川秀海さんの高専時代のラグビー部の先輩の小出和男さんは「学生時代は多くを語らず、ラグビーのプレー中も黙々と確実にやるタイプでした。おととし11月にラグビー部のメンバーと顔を合わせたときにも、昔と変わらず淡々と話し、元気そうでした」と述べました。そのうえで、「近況を尋ねたら、本人から『最近は日本で働いています』と聞いていたので今回の事件には巻き込まれていないと信じていました。本人は悔しかったでしょう。こんな形で自分の後輩が亡くなり、心に穴があいた気分です」と声を詰まらせていました。

亡くなった山田隆さん
死亡した10人の1人、川崎市の山田隆さん(72)は、長年、プラント建設に関わってきた経験を買われ、今回、現地のプラントで働いているときに事件に巻き込まれました。
東京・日本橋の喫茶店の店主、西本春子さんによりますと、山田さんは多い時には月に数回、店を訪れていたということで、自分の仕事について、「石油プラントの建設などに長く携わり、海外にもたくさん行った」と話していたということです。
西本さんのもとには去年12月、山田さんからアルジェリアで働いていることを知らせる絵はがきが届いたということです。
西本さんは、「気さくで誰とでもすぐ仲良くなるすてきな人でした。家族のような感覚でお付き合いしていただけに、残念でことばがありません」と話していました。


敬称略
日揮の最高顧問(前副社長) 新谷正法(66) 横浜国立大学工学部建築卒。
日揮の理事、東京都港区 伊藤文博(59) 一関高専卒、東京工業大大学院化学工学。母フクコ(82)は津波の被害を受け仮設住宅で1人住まい。
日揮社員 熊本市出身 木山聡(29) 八代高専機械電気工学科卒、長岡技術科学大大学院修士課程終了。
一児の父。
日揮社員 横浜市 川畑圭右(49) 都立新宿高校卒、横浜国立大工学部土木卒。
日揮社員 神奈川県横須賀市 北九州市出身 前川秀海(60) 北九州高専卒。

建設会社派遣社員 佐賀県武雄市 緒方弘昭(57) 現場監督、大工。
東京の建設会社社員 大分市出身 後藤康次(59) 型枠大工。
派遣会社エーアイアル(http://www.ailltd.co.jp/it/recruit/president.html)社員 愛知県豊橋市出身 内藤文司郎(44) 愛知県立時習館高卒。横浜商科大中退。内装工事。
大手建設会社元社員 神奈川県藤沢市 鹿児島県肝付町出身 渕田六郎(64) 鹿児島県立鹿屋工業高校卒。現場監督。
川崎市 山田隆(72) 日本橋小伝馬町の喫茶店パリドールが行きつけ。石油プラント建設。
合掌

 日揮社員5人中、工業高専出身3人横浜国立大工学部卒2人。見事に2色だけに染め分けられ、これ以外はいない。残りが関連会社・派遣会社5人。危険手当が月に300万円と週刊朝日では報じている。高齢者が多く、原子力施設と同じく、使い捨ての駒扱いのようだ。アルジェリアのメタンは日本なんかに輸入されない。日揮は単に利益を追求しただけだ。日本にはアラビアやブルネイから輸入している。ヨーロッパ車が欧米では普通のガソリンだが、日本ではハイオク仕様になるのは、ユダヤとロックフェラーの石油地図で、日本には質の悪いアラビア産を強制しているためだ。実は、尖閣など花綵列島周囲にメタンは眠っているが、この開発は支那だけではなく、ダメリカの妨害もあるのだ。

 こういう事件があると、イスラーム教を悪くいう者が出てくるが、無知から出てくる暴論で、キリスト教やヒンドゥー教のような無茶苦茶な宗教よりイスラーム教の方が信用できる。イスラームの過激派というのはアラビア語も読めない者が多い。必須の聖典アル・クルアーンも読めないのだから真のムスリムとも言えないインチキムスリム。イスラームの過激派なんかというのは、現地で酒を飲んで乱暴狼藉を繰り返す武装愚連隊である。以前、パキスタンで、ムジャヒディンが暴れまくっているという情報があり、避けたこともある。人ごとではない。危険地帯の海外を1人で旅をしてきた中には、ライフルやショットガンを安全装置を外して突きつけられたことが何度かある。いつも、出来得る限りの安全対策をいつも講じているし、一応、官憲には抗議している。今も毎週アラビア語を独習しているし、イスラム教については研究所で集中講義くらいは受けている。アザーンくらいは唸れるし、これをやると、ムスリムに受ける。私的には、ダメリカ人よりイギリス人よりフランス人よりムスリムの方がマシだ。日揮なんかより、イスラームの味方なのは間違いない。知り合いのムスリムの友だちは間違いなくアルカイダだろう。イスラム過激派だろうと、同じ状況なら、一番最後に処刑される自信がある。後輩は某国税バラマキ機関で、意に反してイスラム圏専従で回っているので、死体で帰国するかも知れないのだ。

世界中、とりわけ、現在、支那に展開している守銭奴企業どもも同じ状況なのだが、本人たちは気がついていないか、深く関わり抜け出せないでいるようだ。

 安倍もどうせ日本なんか聾桟敷に置かれているのだから、支那包囲網のインドネシア訪問と声明を発表してから帰国してもらいたかった。参院選やマスゴミによる政局しか見ていないのでは、国益に叶っていない。
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有史以来選挙が行われたことがない暴虐支那の犬HKの洗脳捏造番組「中国文明の謎 第3集」


 支那の週刊誌「南方週末」の新年号に憲政への淡い希望を書いた論説が、支那共産党広東省委員会宣伝部の検閲により、侵略を目的とした毛沢東史観に基づく「中華」民族の偉大さを讃える愚か極まる論説に置き換えられた。差し替えられた論説は「中国の夢、憲政の夢」というもので政治の民主化や言論の自由を求める内容だった。内容的に当局の圧力を受けてもおかしくなく、そもそも支那では事前検閲は普通のこと。もちろん、記者や編集者は不満を抱えているが、失職の不安があるため公然とは政府批判をしない。
 ところが、これを知った編集者約50人は猛烈に反発し、支那版ツイッター「新浪微博」(「新浪」は支那という意味)で怒りをぶちまけ、一部はストライキに。問題は収まらず、北京の有力紙「新京報」の社長も抗議で辞任するなど収拾が付かない状態になっている。

 支那では有史以来、政治権力の選択に選挙を行ったことはただの1度としてない。こんなゴキブリ支那土人が、日本では外国人参政権という内政干渉・外患誘致の主張をしている。黄砂にPM2.5の発生源のゴキブリの巣窟ごと、地球の大気圏外に叩き出してやりたい。

 これに迎合しているのが犬HKの洗脳番組群である。年末に犬HKの毛沢東史観の捏造古代支那の最後の3回目を放映した。録画していたが、極めて忙しいのもあったし、この洗脳番組は見るにも耐えないので、ほったらかしにしていた。HDを空けたいので、嫌々やっと見終わった。本当にインチキ捏造番組を見るのは苦痛以外の何者でもない。

NHKスペ支那文明.jpg


 突然、夜明け前の天安門の共産支那の国旗掲揚のシーンから始まる。支那人民を戦車でミンチにしたあの天安門である。数千万〜1億人といわれる、人類最大の虐殺を行った独裁者毛沢東の写真が懸かっている、あの天安門である。謀略番組、支那文明の謎3回の中で最も捏造が少ない。毛沢東が目指したのが、秦の始皇帝なのだから当然といえば当然なのだが。

 佐田啓二の息子が「中華とは一体何か。」、「史上初めて中国を統一した始皇帝。始皇帝が築き上げた壮大な中華帝国とは。」、「この類い稀な文明はどのようにしてできたのか。」と問いかける。「中華」とは洛陽盆地。華山が近くにあるので、中原とか中華と呼んだ。秦は西戎であり、秦発祥の地、秦亭村が出てきたが、あの糞汚い、百姓戸籍のキセル煙草吸い爺が、秦の末裔なのか?支那のように多民族が興亡を重ねた大陸で、2千2百年も生き残ったシーラカンスがいるとは到底思えない。縁もゆかりもない百姓爺を出したと見るのが正解だろう。

 「中華」とは、周囲を「西戎」、「南蛮」、「東夷」、「北狄」と獣扱いした漢字を使っているのでわかるように徹底的に見下した。ところが、夏は「東夷」、殷は「北狄」、周、秦は「西戎」、隋、唐は鮮卑の「北狄」、宋は出自不明だが、突厥の後唐の親衛隊長から成り上がったことから「北狄」であろう。元は蒙古の「北狄」、清は女直(満州)の「北狄」である。漢や明でさえ、漢族ということになっているが、何度も絶滅してほとんどつながっていない。しかも凶暴な匪賊である。

 唐末〜五代の大混乱の中で家系の伝承を失った遊牧民の後裔の「宋」が、漢人だと勘違いをして、傷ついた自尊心を慰めるため、自分たちは正統の「中華」、「漢人」であり、新興の遊牧民族の契丹や女直を「夷狄」と蔑んだのが「中華思想」である。言い換えれば、どんなに広大な領土を支配しても「夷狄」(非漢人)は文化をもたない人間以下の存在で、「中華」(漢人)だけが本当の人間だという負け惜しみが宋代以降の「中華思想」である。

 支那では教育も受けれず、兄を頼ってハワイに渡った華僑(棄民)に過ぎず、何の力もなく、日本人が資金や亡命、嫁まで世話をしたのに恩を仇で返し、革命の果実だけを盗み取って共産党に売り飛ばした、忘恩の徒、孫文や史上最大の虐殺者、毛沢東が出てきた。しかし、こいつらは客家であり、大昔に逃れた漢人ということになっている。正に「中華思想」の権化であり、独善の極みの思想である。「中華思想」の馬鹿げたというか恐ろしいところは、征服された場合、征服者の故地までもれなく支那になってしまうという逆転の発想をもつところである。

http://www.nhk.or.jp/special/detail/2012/1202/
放送を終えて
日中問題が紛糾し激しい反日デモが始まったのは、長期の中国ロケを終えて帰国した当日でした。取材期間中には予想もしなかったような日中関係の変化の中、古代中国の歴史をどのように伝えたら良いのか。ヒントとなったのは、番組のナビゲーター役として参加していただいた中井貴一さんが、7月の現地ロケの際に語った言葉でした。
「西洋の人と接する時は、日本人と見た目が違うから価値観も違うだろうと思って接するんだけど、中国の人は見た目が同じだから、同じ価値観を持っているだろうと思って最初に入ってしまう。そこにギャップが生まれてしまったりする。でも過去の国の成り立ちとか歴史を探ることで、ここに違いが生まれたんだってことが理解できれば、お互いに理解できるかもしれない。それは日本人として誇りを持って生きることにもつながると思う。」
中国には、広大な大地で言葉も文化も違う人々が常に接触しぶつかりあってきたという、日本とはまた異なった歴史があります。地理的に隣国であることを避けられない中国。その歴史を振り返ることで、互いに違うところと似ているところをきちんと認識しあうことから始める、今回の番組が少しでもそのとっかかりとなればと願っています。
ディレクター 渡辺由裕

 反日デモや尖閣侵略に傍若無人な支那畜に「東夷」の蛮族として、馬鹿にされ舐められて、インチキ共産支那史観の洗脳番組を作り、支那に媚びる。こんな暴虐で野蛮な支那土人の手先が、平均年収1800万円の犬HKなのである。即座に解体し、まともなジャーナリズムを構築しよう。



読む年表 中国の歴史 [単行本(ソフトカバー)] / 岡田英弘 (著); ワック (刊)

真実の中国史【1840-1949】 [単行本] / 宮脇淳子 (著); 岡田英弘 (監修); ビジネス社 (刊)

阿Q正伝・狂人日記 他十二篇(吶喊) (岩波文庫) [文庫] / 魯 迅 (著); 竹内 好 (翻訳); 岩波書店 (刊)朗読CD 朗読街道(39)狂人日記・故郷 魯迅 / 石原玲 (CD - 2009)阿Q正伝「半身浴にも最適!お風呂で読める本!」阿Q正伝|魯迅/田中清一郎|大学書林|送料無料阿Q正伝・藤野先生 (講談社文芸文庫) [文庫] / 魯迅 (著); 稲畑 耕一郎 (解説); 駒田 信二 (翻訳); 講談社 (刊)著:魯迅 朗読:網野隆/阿Q正伝故郷/阿Q正伝 (光文社古典新訳文庫) [文庫] / 魯迅 (著); 藤井 省三 (翻訳); 光文社 (刊)阿Q正伝・故郷 (偕成社文庫) [単行本] / 魯迅 (著); 小田 岳夫 (翻訳); 偕成社 (刊)阿Q正伝 (まんがで読破) [文庫] / 魯 迅, バラエティアートワークス (著); イースト・プレス (刊)阿Q正伝 (角川文庫) [文庫] / 魯迅 (著); 増田 渉 (翻訳); 角川書店 (刊)
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2012年11月18日

集金兵に媚びる犬HK、暴虐支那の洗脳捏造番組「中国文明の謎 第2集」


「四大文明」という大嘘


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%96%E7%95%8C%E5%9B%9B%E5%A4%A7%E6%96%87%E6%98%8E
 四大文明という概念は中国・日本・韓国といった東アジアでは受容されているもののその他の地域では受容されていない。

 「四大文明」の考え方の原型は梁啓超の『二十世紀太平洋歌』(zh:二十世纪太平洋歌)(1900年)という詩の中にあり、「地球上の古文明の祖国に四つがあり、中国・インド・エジプト・小アジアである」と述べている。梁啓超は太平洋を行く船の上で詠んだこの詩で、世界史の三つの大きな区分を呈示している。第一は大河の周辺に四大文明が出現した「河流文明時代」、第二が地中海や紅海や黄海などの内海周辺に文明が広がった「内海文明時代」、そして今は大航海時代以降の「大洋文明時代」であるという。

 この「四大文明古国」という考え方は東アジアでは広まったものの、欧米では受け入れられなかった。また、考古学研究が進展した現代では、初期の文明をたった4つに限定する見方は否定的であり(当の中国でも長江文明や遼河文明など、黄河文明以外の文明が存在したことが確認されている)、四大文明という概念自体が知識に乏しかった過去のものといえる。

 佐田啓二の息子が、「中国には、一風変わったテーマパークがある。」と喋りながら、現地の映像が始まる。正に、NHKの反日捏造番組に対して、パイワン族を含む台湾人など1万人訴訟になっている、JAPANデビュー第1回 アジアの“一等国”に登場する「人間動物園」そのものである。JAPANデビューでは捏造だが、こちらは、少数民族ではないように見えるインチキな見せ物である。犬HKというのは、自分が捏造で謂われのない批判をし、支那を持ち上げるためには、少数民族を家畜並みに扱うのに良心の痛みも感じないらしい。朝鮮が支那に謝罪と賠償を求めないのと相似している。
http://ja.wikipedia.org/wiki/NHK%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%AB_%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%BA_%E3%80%8CJAPAN%E3%83%87%E3%83%93%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%80%8D#.E7.AC.AC1.E5.9B.9E.E6.94.BE.E9.80.81.E3.81.8C.E5.81.8F.E5.90.91.E3.83.BB.E6.8D.8F.E9.80.A0.E3.81.A7.E3.81.82.E3.81.A3.E3.81.9F.E3.81.A8.E3.81.99.E3.82.8B.E6.89.B9.E5.88.A4.E3.83.BB.E6.8A.97.E8.AD.B0.E5.8F.8A.E3.81.B3.E6.8F.90.E8.A8.B4
第1回放送が偏向・捏造であったとする批判・抗議及び提訴
日本の台湾統治をテーマとして2009年(平成21年)4月5日に放送された、『JAPANデビュー』第1回「アジアの“一等国”」をめぐり、放送後「日本統治時代が悪と一方的に描かれており、内容が偏向している」「日本の台湾統治を批判するため、(台湾人の)証言をねじ曲げている」「番組にはやらせや、事実の歪曲・捏造があり、放送法に違反している」「台湾の人の心と日台関係を傷つけた」「台湾をよく知らない人に排日的だと誤解を与える」「NHKに「人間動物園」とおとしめられ、名誉を傷つけられた」などとして、視聴者、地方議員、自民党国会議員、産経新聞・週刊新潮・日本文化チャンネル桜などのメディア、有識者、更に、番組に出演した台湾人(パイワン人を含む)や台湾や日本の民間団体など日台双方から抗議や批判が続出した。さらに台湾人を含む8389名が東京地裁にNHKを提訴。日本文化チャンネル桜は1万人の訴訟委任状を以て提訴したが、「NHKの受信料の未契約者」も含まれており、誰でも参加できる形式になっている。2010年内に5回開かれ、2011年7月に第8回口頭弁論が開かれた。判決公判の日程は未詳。
その後二次提訴がなされ、原告には番組に出演したパイワン族も加わり一次提訴と合わせた原告は1万300名以上。

 佐田啓二の息子が喋りを続ける。「中国を形作ってきたのはずっと昔から言葉や文化の違う多様な人々だった。なのにこの国は数千年のほとんどを1つであり続けてきた。たとえ分裂することがあっても再び元に戻る。それは一体なぜなんだろう。」

 「西戎」の秦から2千2百年の歴史しかない。す、す、す、数千年とは何という白髪三千丈の大誇張か。約4千年前は、「東夷」の夏や「北狄」の殷、「西戎」の周は、都市国家の集合体にすぎない。しかも、春秋戦国時代、三国時代、五胡十六国時代、南北朝時代、五代十国時代、金と南宋時代、モンゴル帝国と南宋時代と分裂している時間が長く、抗争で人口が激減し、自称漢民族と称している民族は何度も絶滅しており、その狭間に北方から進入した異民族に屈伏し取って代わられたか征服されて混血した歴史しかない。これを元に戻るとは、針小棒大も甚だしい。日本の歴史教育が完全に腐っていて、まともな歴史観も持たず、野蛮民族特亜やダメリカの軍事政権など毛唐の都合が良いように書き換えられて、洗脳されているだけなのである。

 文字が出てきて、CGと音楽を駆使して洗脳に取り掛かる。例によって、「古代世界に栄えた四大文明、栄光のあとに滅亡が」、「そのなかでただひとつ、広大な国土と同じ文明を、数千年間継承し続けた中国」、「この類い稀な文明はどのようにしてできあがったのか。」と、インチキ史観を畳みかける。

NHKスペ支那文明.jpg


 工作員ナレーター長谷川勝彦が続ける。「奇跡の文字が漢字、漢字を産み出したのは強大な軍事国家、殷。最初の漢字は神のためだけに用い散れる秘められた力。」と、足を切断され鈍器で顔を潰した死体が発掘された。下半身や頭部が失われた遺体が次々1万4千体も出土したという。支那「数」千年の伝統の残虐さに吐き気がした。見せしめのために生贄にされた羌と共に出てきた甲骨文字が最古の漢字と言い切った。いきなり5千字が殷で占いのために誕生したのか?おかしいと思わない方が異常。 しかも、「文字の形も文法も三千年間大きくは変わっていない。」ので読めると抜かした。残っているのは、書籍に書かれた文語。それも儒教の教典をひな型としていたのだから、外見だけは同じになる。しかし、当時の口語などほとんど書く術がなく、しかも民族により発音も文法も千差万別している。しかも、李白も杜甫も北方遊牧民族「北狄」の子孫なんだが。

 今のところ、最古の漢字は長江文明の長江下流の呉県から出土した陶器に見られる。この考古学的史実を無視し、NHKが甲骨文字が最古と捏造したのは何故か?
 夏の時代に市場の商業のために発達した記号(民族によって読み方や発音は違う)と考えられる。ヴェトナムのメコン河では小舟が集まって水上で朝市が開かれる。メコンデルタ観光の定番。朝早起きをして見に行ったが、何を売っているか遠くからでもわかるように小舟の舳先に棒を立て商品を掲げている。この商品のカボチャとかサンダルの代わりが漢字の始まりであろう。「東夷」夏は價と同音、「北狄」殷は商とも自称していたように洛陽盆地(中華)に成立した通商によって興隆した都市国家なのだから当然すぎる。

 支那語は長年やって今もやっているが、名詞、動詞、副詞、形容詞すら同じ語で、語の位置や配列でしか意味を摑めない。これで意味を汲み取るには、何かのお手本が必要となる。儒教の教典をまる暗記しなければ科挙に通らなかったように、漢字で記述した支那語とは、儒教の教典をひな型にして、いわゆる春秋の筆法で読み書きをする文語だったのである。近代になって口語を漢字で記述する白話文がやっとできた。これは日本に留学した魯迅が日本製の漢語(江戸の儒学や漢籍からの素養が明治人には身についていた。)と日本語を下敷きにして作ったものである。同じ漢字だから筆談ができるのではなく、現代支那語の7割は日清戦争で負けた支那が日本製の漢語をそのまま輸入して使っているからなのであり、知的財産権は日本国に存する。

 冒頭で、黄河文明は世界4大文明の1つなどと言っているのは特亜だけと論破したが、NHKは何と他の「世界4大文明」を矮小化し蔑視している。工作員ナレーターに「他の古代文明の文字が滅びたなかでただ1つ生き残ってきた文字、それが漢字」とまで言わしめている。メソポタミアの楔形文字やエジプトのヒエログリフ(神聖文字)は現代につながっていないので解読するのが困難だったとまで抜かす。
 しかし、ヒエログリフ(神聖文字)をいちいち書くのは大変なので、筆記体のヒエラティック(神官文字)、そしてデモティック(民衆文字)と簡略化し、表意文字から表音文字化の進化を遂げた。原シナイ文字からイエスも使っていたアルム文字、ギリシア文字、ラテン文字の系統、アラビア文字やペルシャ文字、ソグド文字、ウイグル文字、チベット文字、パスバ文字、満州文字、朝鮮文字、梵字、デーヴァナーガリー文字、クメール文字、タイ文字、ビルマ文字などと、これは一部であり列記の大変なくらい地球上のありとあらゆる時代ありとあらゆる地域に拡がって、現代の文字に繋がっている。嘘を嘘で固めて恥を知れ!
 漢字は、表意文字の段階で止まり、3千年にわたって進化を止めたシーラカンスである。人類史上最大の虐殺者、毛沢東は漢字を廃止しラテン文字を使った表音ピンインを強制しようとしたが頓挫し、暫定使用の積もりだった、あの奇態で無様な簡体字が残ってしまった。明らかに、支那の後進性、すなわち古代からの3千年の停頓を意味している。それをおこがましくも、佐田啓二の息子「漢字には数千年にわたって中国をまとめ続ける力があったと言う。」と支那のプロパガンダを讃えている。元や清では、漢字は漢民族だけに使い、蒙古民族には蒙古文字、満洲民族には満洲文字、チベット民族にはチベット文字、ウイグル民族にはウイグル文字を使っていたという史実は無視なのか。しかも、漢字の歴史は数千年もない。支那の王朝は秦から2千2百年しか経っていない。数千年とは一体何なのだろうか?(大笑い)。

 さらに佐田啓二の息子は続ける。「英語のアルファベットなど多くの文字は音を表すためにその国の言葉を話せなければ使えない。でも漢字は中国と全く言葉が違う日本でも千年以上使われてきた。そして中国でも何度か断絶の危機はあったもののそれを乗り越え3千年以上にわたって使われ続けている。実にたくましい文字だ。」同じアルファベットで書いても、言語によって読み方は違うのを知らないのだろうか。佐田啓二の息子は成蹊大で言語を一切学ばなかったのだろう(笑)。漢字は、表意文字だから、それ自体が意味をもつのだから当然で、古代において唯一の機会の秦が短期で滅びてしまって、言葉の統一というものができなかった。そのため、漢字を使っている日本では弊害が著しい。同じ漢字の音読みが入ってきた地域や言葉で読み方が違ってしまった。これにやまとことばの訓読みが加わると一体何通りの読み方があるのだろうかと気が遠くなる。これに特亜の侵略、言葉狩りにより、チョン語など土人読みまでも強制され、読み方が数限りなく出てくる。固有名詞などは特に、言葉が話せても読めない、同音異義語が多く、字で書かないと意味が取れない事態に陥っている。こんな歪な言葉になってしまった。逆に過去の支那語は日本語の読みから推測している。また、支那の書籍は、日本に輸入したものを使っている。支那大陸では消失してしまっている。日本は、金や銀、水銀、銅などを輸入して、仏典や漢籍を大量に輸入した超絶した文化国なのである。支那の出版元は日本向けの輸出部数を折り込んで、印刷部数を決めていた。日本がなければ、支那の古代文化のほとんどは消滅して残っていないのである。

 宮脇淳子先生も言っておられるが(15分29秒〜)、この番組について録画して見るのが実に苦痛だった。この回では文字のことについて解説している。清は、満州語、モンゴル語、漢語を公用語として、満洲文字、モンゴル文字、漢字の3文字を併記した公文書を使っていた。満洲人の王朝だから、当然満洲文字で書かれているところに本音が出てくる。支那語だけの文献ではほとんど何もわからない。因みに、清は、満洲人、支那人、モンゴル人、チベット人、ウイグル人の連合王国という形態で、お互いに別々に分離して統治していたのである。


http://sankei.jp.msn.com/world/news/121118/chn12111803180000-n4.htm

 反日デモに前後し、中国外務省の洪磊報道官らは連日、日本政府による尖閣国有化が「中国人民の感情を著しく傷つけ、激しい怒りを招いた」などと発言。暴徒化による襲撃被害も含め、「すべての責任は日本が負うべきだ」と一方的に日本を非難した。にわかには理解しがたい責任論を中国はことあるごとに持ち出すが、愛知大学の樋泉克夫教授は、「その思考方法は戦前からあった」と話す。

 樋泉教授の研究によると、1938年出版の「支那事変 戦跡の栞(しおり)」(陸軍恤兵(じゅっぺい)部編)に収録された中国民族研究家、中野江漢(こうかん)(1889〜1950年)の洞察「支那の話」に、すでに登場する。

 中野は、「どうして日支(日本と中国)は疎遠したか」と語りかけ、「然らば『日支依存』や『共栄共存』は、果たして実現されているかどうかというに、日支親善の実はなんにもなっておらぬのである」と断言。「(中国側が)日支不親善の責をみな日本に帰している」と指摘していたという。

 70年以上も前の中野の目に映った中国人の思考は(1)日本は忘恩国で弟としての礼を尽くさぬ(2)日本は支那に対して侵略的である(3)日本の対支政策は一定せず当てにならぬ(4)日本は欧米依存である−だった。さらに、反日意識の背景として(1)日本への嫉妬心と猜疑(さいぎ)心(2)以夷制夷(いいせいい)(第三国を利用して他国を抑える)政策(3)国内統一のため排日を扇動する−と指摘した。

http://www.nhk.or.jp/special/detail/2012/1111/
放送を終えて
最古の漢字、甲骨文字を取材していて驚いたこと。それは「書き損じ」が無いことでした。亀の甲羅や牛の骨など凹凸の多い素材に刻んでいるにも関わらず、彫り間違いが見られない。殷の文字の彫り手の腕前に驚嘆すると共に、神のための文字であるから、きっとミスの許されない命がけの現場だったのだろう、と空恐ろしい気になりました。 この“命がけ”の漢字がいかにして、ふだんの生活に使われるものになったのか。このいわば「漢字の革命」が今回の大きなテーマでした。そこには殷から周への王朝交代を生んだ激戦があり、そして神のための文字だった漢字を、人との契約に使うという、周による発想の大転換がありました。
たとえば中国語が発音できなくても「麻婆豆腐」と書ければ注文できるように、漢字が持つ、話し言葉の違いを超えて意志を疎通できる力。それは周によって発見された力です。発明者(殷)と普及者(周)、どちらが偉いというのは常に問われるものですが、漢字に関しては、普及者である周がいなければ廃れていたわけですから、周の役割は極めて大きいものでした。
その一方で、漢字には今も殷の時代の記憶が残っています。たとえば子どもに名前を付ける時。この番組の取材中に子どもが生まれた私はまさに“命がけ”で一文字一文字と取り組みました。ふだん何気なく使う文字も、よくよく見ると、深い意味が見えてくる。漢字は、本当に懐の深い文字です。
放送後、うれしかったのは、「漢字を使えるありがたみを感じた」という声を多く頂いたことでした。いま私たちが使う漢字の中に秘められた、漢字黎明期の、古代の記憶。それを感じ取って頂けたら幸いです。
ディレクター 阿部修英


 京都大学大学院人間・環境学研究科教授の阿辻哲次という漢字の権威を出してきて、NHK得意の「さん」づけだけで、「先生」でも「教授」とも呼ばない。しかも、下のブログにあるように、甲骨文字について、番組の進行と阿辻哲次「先生」の説が食い違い、「先生」を道化扱いにしている。権威を貶めるのが好きな売国集団NHKの本領発揮だ。斯界の権威らしい、道化、阿辻哲次「先生」も出る番組を選べよ。

http://blog.livedoor.jp/kuroiamakitune/archives/51699306.html
読む年表 中国の歴史 [単行本(ソフトカバー)] / 岡田英弘 (著); ワック (刊)

真実の中国史【1840-1949】 [単行本] / 宮脇淳子 (著); 岡田英弘 (監修); ビジネス社 (刊)

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