2025年11月16日

首狩り族大阪総領事、阿Q薛剣 沙悟浄に殺害予告

沙悟浄高市早苗.jpg支那総領事の「汚い首は斬る、覚悟出来ているのか」投稿に政府抗議…木原官房長官「極めて不適切」
2025/11/10 20:11
https://www.yomiuri.co.jp/politics/20251110-OYT1T50156/
 支那の 薛剣 駐大阪総領事が自身のX(旧ツイッター)に、高市首相が中国による台湾の海上封鎖が発生した場合に「存立危機事態になり得る」と答弁したことを伝える記事を引用し、「その汚い首は一瞬の 躊躇 もなく斬ってやるしかない。覚悟が出来ているのか」と投稿していたことが分かった。
 投稿は8日付で、外務省の金井正彰アジア大洋州局長が9日、在日支那大使館に抗議し、削除を要求した。投稿は現在は閲覧できず、削除された可能性がある。木原官房長官は10日の記者会見で「支那の在外公館の長の言論として極めて不適切だ」と述べ、「中国側から明確な説明がなされるよう求めていく」と語った。
 薛氏は昨年の衆院選中に特定の政党への投票を呼びかけたととれる投稿を行い、外務省が「極めて不適切だ」と申し入れをしていた。
 支那の 呉江浩 駐日大使も10日、Xに「台湾は支那の不可分の一部だ。『台湾有事は日本有事』をあおれば、最終的には引き返せない誤った道を歩むだけだ」と投稿した。
 一方、支那外務省報道官は10日の記者会見で、首相の答弁について「強烈な不満と断固たる反対」を表明し、日本側に抗議したことを明らかにした。「日本の現政権が台湾問題に介入するのは国際秩序への挑戦であり、支日関係を破壊することになる」と反発した。薛氏のXへの投稿については「台湾を支那領から分裂させようとする危険な言論が対象だ」と擁護した。

武漢コロナウィルス旗.jpg2025/11/14
谷原章介「ボールを投げたのは日本側」フジ『サン!シャイン』で支那総領事の暴言“擁護”姿勢に集まる違和感
https://www.jprime.jp/articles/-/39195?display=b
 ニュース情報番組『サン!シャイン』(フジテレビ系)のMCを務める俳優・谷原章介。11月12日放送の同番組での彼の発言が、物議を醸している。谷原が言及したのは、支那の駐大阪総領事・薛剣氏がXに投稿した「暴言」について。
「汚い首は切ってやる」衝撃投稿
「薛剣氏はX(旧ツイッター)で、高市首相が“台湾有事”について、安全保障関連法に基づく存立危機事態に該当するかどうかを聞かれた際に“武力の行使も伴うものであれば『存立危機事態』になり得るケースだと考える”と答えたことを報じたニュースを引用。そして、《勝手に突っ込んできたその汚い首は一瞬の躊躇もなく切ってやるしかない》と綴りました。このポストは瞬く間に拡散され、大問題に発展しています」(国際政治評論家)
 あまりにも物騒な暴言に、各所から非難の声が上がっている。
 立憲民主党の蓮舫参議院議員は、11月11日にXで「外交には礼節が必要です」「他国の首脳への不当な発言は、信頼を損なう行為です」と投稿。さらに支那語で「貴国の総領事がわが国の内閣総理大臣に対しておこなった極めて不適切な発言に対し、強く抗議します」と綴った。
 また、公明党の斉藤鉄夫代表も、自身のXで「支那総領事による一連の発言は、極めて遺憾です」「外交官としてあるまじき言動であり、党代表として強く抗議します」と投稿。さらには実業家のひろゆきまでもがXで「この物言いを許すとエスカレートするかと」と、今回の暴言を問題視している。
「最初にボールを投げたのは日本側」
 批判の声が殺到する中、谷原は発したコメントは……。
「谷原さんは総領事の言葉を“強い言葉”と認めつつ、“最初にボールを投げたのは日本側でもあるじゃないですか”と、薛剣氏をかばうような姿勢を見せました。これにはゲストの峯村健司氏が“これまでの日本の答弁の延長線上の話”“当たり前の話を言っている”と反論したのですが、谷原さんは“今までの総理はここまでの発言、しています?”とさらに食い下がっていました」(スポーツ紙記者)
 そんな谷原に対し、視聴者から「首相は国防について語っただけじゃん」「めちゃくちゃ偏った発言してることに気づいてないの?」「番組MCならもう少し民意を汲み取ってくれ」など、違和感を覚える声が押し寄せている。

 高卒のモデル上がりの藝人谷原章介(53)も、日本語でのし上がっただけの狂犬薛劍(57)も、毆られたこともない甘い人生を順風滿帆に過ごし50を過ぎたのだろう。甘い惚けた顏立ちと上に氣に入られるためにワンワンする樣など酷似と言って良い。才能などなく、減らず口を叩く。戰狼の氣違い暴言は人を喰う數千年の民族の習性で、有無を言わせず、思いっきり、ぶん毆ってやれば靜かになる。支那傳統の凌遲刑で處刑してやれ!!

駐日本支那大使、呉江浩(62)
湖南省桃源県出身。上海外国語大学の日本語専業(日本語学科)卒。北京外交人員服務局出身で、元駐スリランカ大使。
令和06(西暦2024)年05月20日、東京都内の在日本支那大使館で開いた台湾問題に関する座談会で、
日本という国が支那分裂を企てる戦車に縛られてしまえば、日本の民衆は火の中に連れ込まれることになる


ギロチン薛剣.jpg← 薛剣(せつけん)(57)

在大阪総領事、薛剣(せつけん)(57)
江蘇省淮安市漣水県出身。北京外国語学院日本学部卒。支那外交部(外務省)での勤務は33年に及び、令和01(西暦2019)年にはアジア局副局長(局次長)。日本に平成07(西暦1995)年以降、三等書記官、一等書記官、公使として計3回勤務し令和03(西暦2021)年06月より在大阪総領事。
ギロチン処刑阿Q.jpg国際人権団体アムネスティの香港からの撤退が報じられた翌日の令和03(西暦2021)年10月26日 薛剑XueJian@xuejianosaka
害虫駆除!!!快適性が最高の出来事また一つ

台湾外相の発言に、令和03(西暦2021)年10月28日
台湾独立=戦争。はっきり言っておく!支那には妥協の余地ゼロ

ノーベル平和賞受賞者のダライ・ラマ14世について、令和03(西暦2021)年11月10日
平和解放前のチベット最大の農奴主

日本のネットニュースの支那批判記事に対して、令和03(西暦2021)年11月13日
過激な反中マインドに駆られているこのマスゴミが益々発狂!!!

五輪ボイコットに言及した国民民主党の玉木雄一郎代表を指して、令和03(西暦2021)年11月21日
ハエがウンコに飛びつこうとする西側子分政治家

第50回衆議院議員選挙投開票2日前の令和06(西暦2024)年10月25日
全国どこからでも、比例代表の投票用紙には『れいわ』とお書きください

令和07(西暦2025)年11月08日
勝手に突っ込んできたその汚い首は、一瞬の躊躇もなく斬ってやるしかない。覚悟ができているのか。

商品券石破茂.jpg 卽座に、ペルソナ・ノン・グラータ(好ましからざる人物)として、4年前に薛劍を昨年吳江浩を國外追放すべきだったのを無能で何もしなかった岸田文雄(68)と上村陽子(72)、妖怪石破茂(68)と岩屋敷(68)の責任で、外患誘致で處刑が當然だが、妖怪沙悟淨高市早苗(64)が卽應しなかったことで國uを毀損している。

有村治子自民総務会長、問題投稿の支那総領事に「日本国を侮辱する、蛮行を重ねてきた人物」
https://www.nikkansports.com/general/nikkan/photonews/photonews_nsInc_202511120000050-0.html?utm_source=headlines.yahoo.co.jp&utm_medium=referral&utm_campaign=%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E7%B7%8F%E9%A0%98%E4%BA%8B

岸田文雄TV.jpg支那国防部蒋斌(しょうひん)報道官
(日本側が)危険を冒してでも、台湾海峡の情勢に武力で介入しようとするなら、支那軍の鉄壁の守りの前に粉砕され、痛烈な代償を払うことになる

支那外務部林剣報道官
支那人の最後の一線に挑戦しようと妄想する者は、誰でも必ず支那側の正面からの痛撃を受け、14億の支那人が血肉で築き上げた鉄の長城の前で頭を打ち割られ血まみれになる

 アメリカ、ロシア、支那、北朝鮮など日本の鄰國が犇めくように核兵器を保有し、支那は約600發の核彈頭を保有し、日本の主要キ市に照準を合わせている。今後10年で1500發に揩ヲると言われる。中距離彈道ミサイルの多くは、射程的に日本全域を射程に含んでおり、日本の直接的な脅威であり、喫緊に取り除く必要がある。
 野蠻で好戰的な首狩り族の阿Qに對し、核武裝と破壞力の搗蛯目指し反物質爆彈を持つしか生き殘る途はない。東支那海と南支那海の西方をクレーターにして支那灣や舊支那海に變える手立てを講じなければならない。



https://x.com/xiangziren/status/1989586472761266590?s=20
https://mixivalo.github.io/ccpgen/
支那海.jpg


ギロチン処刑.jpg阿Q薛剣(せつけん)
 阿Qが三度目に丸太格子から抓み出された時には、すなわち挙人老爺が寝つかれない晩の翌日の午前であった。彼が大広間に来ると上席にはいつもの通り、くりくり坊主の親爺が坐っていた。阿Qもまたいつもの通り膝を突いて下にいた。親爺はいとも懇ろに尋ねた。「お前はまだほかに何か言うことがあるかね」
 阿Qはちょっと考えたが別に言うこともないので、「ありません」と答えた。
 長い著物を著た人と短い著物を著た人が大勢いて、たちまち彼に白金巾の袖無しを著せた。上に字が書いてあった。阿Qははなはだ心苦しく思った。それは葬式の著物のようで、葬式の著物を著るのは縁喜が好くないからだ。しかしそう思うまもなく彼は両手を縛られて、ずんずんお役所の外へ引きずり出された。
 阿Qは屋根無しの車の上に舁ぎあげられ、短い著物の人が幾人も彼と同座して一緒にいた。
 この車は立ちどころに動き始めた。前には鉄砲をかついだ兵隊と自衛団が歩いていた。両側には大勢の見物人が口を開け放して見ていた。後ろはどうなっているか、阿Qには見えなかった。しかし突然感じたのは、こいつはいけねえ、首を斬られるんじゃねえか。
 彼はそう思うと心が顛倒して二つの眼が暗くなり、耳朶の中がガーンとした。気絶をしたようでもあったが、しかし全く気を失ったわけではない。ある時は慌てたが、ある時はまたかえって落著いた。彼は考えているうちに、人間の世の中はもともとこんなもんで、時に依ると首を斬られなければならないこともあるかもしれない、と感じたらしかった。
 彼はまた見覚えのある路を見た。そこで少々変に思った。なぜお仕置に行かないのか。彼は自分が引廻しになって皆に見せしめられているのを知らなかった。しかし知らしめたも同然だった。彼はただ人間世界はもともと大抵こんなもんで、時に依ると引廻しになって皆に見せしめなければならないものであるかもしれない、と思ったかもしれない。
 彼は覚醒した。これはまわり道してお仕置場にゆく路だ。これはきっとずばりと首を刎ねられるんだ。彼はガッカリしてあたりを見ると、まるで蟻のように人が附いて来た。そうして図らずも人ごみの中に一人の呉媽を発見した。ずいぶんしばらくだった。彼女は城内で仕事をしていたのだ。彼はたちまち非常な羞恥を感じて我れながら気が滅入ってしまった。つまりあの芝居の歌を唱う勇気がないのだ。彼の思想はさながら旋風のように、頭の中を一まわりした。「若寡婦の墓参り」も立派な歌ではない。「竜虎図」の「後悔するには及ばぬ」も余りつまらな過ぎた。やっぱり「手に鉄鞭を執ってキサマを打つぞ」なんだろう。そう思うと彼は手を挙げたくなったが、考えてみるとその手は縛られていたのだ。そこで「手に鉄鞭を執り」さえも唱えなかった。
「二十年過ぎればこれもまた一つのものだ……」阿Qはゴタゴタの中で、今まで言ったことのないこの言葉を「師匠も無しに」半分ほどひり出した。
「好!!!」と人ごみの中から狼の吠声のような声が出た。
 車は停まらずに進んだ。阿Qは喝采の中に眼玉を動して呉媽を見ると、彼女は一向彼に眼を止めた様子もなくただ熱心に兵隊の背の上にある鉄砲を見ていた。
 そこで、阿Qはもう一度喝采の人を見た。
 この刹那、彼の思想はさながら旋風のように脳裏を一廻りした。四年前に彼は一度山下で狼に出遇った。狼は附かず離れず跟いて来て彼の肉を食おうと思った。彼はその時全く生きている空は無かった。幸い一つの薪割を持っていたので、ようやく元気を引起し、未荘まで持ちこたえて来た。これこそ永久に忘られぬ狼の眼だ。臆病でいながら鋭く、鬼火のようにキラめく二つの眼は、遠くの方から彼の皮肉を刺し通すようでもあった。ところが彼は今まで見た事もない恐ろしい眼付を更に発見した。鈍くもあるが鋭くもあった。すでに彼の話を咀嚼したのみならず、彼の皮肉以上の代物を噛みしめて、附かず離れずとこしえに彼の跡にくっついて来る。これ等の眼玉は一つに繋がって、もうどこかそこらで彼の霊魂に咬みついているようでもあった。
「助けてくれ」
 阿Qは口に出して言わないが、その時もう二つの眼が暗くなって、耳朶の中がガアンとして、全身が木端微塵に飛び散ったように覚えた。

 当時の影響からいうと最も大影響を受けたのは、かえって挙人老爺であった。それは盗られた物を取返すことが出来ないで、家じゅうの者が泣き叫んだからだ。その次に影響を受けたのは趙家であった。秀才は城内へ行って訴え出ると、革命党の不良分子に辮子を剪られた上、二万文の懸賞金を損したので家じゅうで泣き叫んだ。その日から彼等の間にだんだん遺老気質が発生した。
 輿論の方面からいうと未荘では異議が無かった。むろん阿Qが悪いと皆言った。ぴしゃりと殺されたのは阿Qが悪い証拠だ。悪くなければ銃殺されるはずが無い! しかし城内の輿論はかえって好くなかった。彼等の大多数は不満足であった。銃殺するのは首を斬るより見ごたえがない。その上なぜあんなに意気地のない死刑犯人だったろう。あんなに長い引廻しの中に歌の一つも唱わないで、せっかく跡に跟いて見たことが無駄骨になった。

阿Q正伝・狂人日記 他十二篇: 吶喊 (岩波文庫 赤 25-2) - 魯迅, 竹内 好
阿Q正伝・狂人日記 他十二篇: 吶喊 (岩波文庫 赤 25-2) - 魯迅, 竹内 好

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極惡兇賊(前ポル・ポト派)海南華僑雲助朝クメールのフン・セン(雲昇)の頭を潰さない限り戰爭の挑發は續く

沙悟浄高市早苗.jpg 紅毛蠻賊フランス共和国(第3共和政(西暦1870〜1940年)、ヴィシー政権(西暦1940〜1944年)、聯合国占領下共和国臨時政府(西暦1944〜1946年)、第4共和政(西暦1946〜1958年))の植民地(仏印、インドシナ連邦(仏語: Union indochinoise、ベトナム語: Liên bang Đông Dương/聯邦東洋、クメール語: សហភាពឥណ្ឌូចិន、ラーオ語: ສະຫະພາບອິນໂດຈີນ、タイ語: สหภาพอินโดจีน、支那語: 法属印度支那))(西暦1887〜1954年)の一部だったクメールは、カンボジア王国(西暦1954〜1970年)、クメール共和国(西暦1970〜1975年)、カンプチア(西暦1975〜1976年)、民主カンプチア(西暦1975〜1979年)と目まぐるしく変わり、フランス留学で共産主義に染まったクメール・ルージュ(ポル・ポト派)の独裁による都市住民の地方農村部への強制移住や大量虐殺で、上位3分の1を失った。クメール・ルージュ指導部は、ヴェトナムで訓練を受けた同志を粛清し、昭和50(西暦1975)年05月、クメール・ルージュに支配された民主カンプチアは、ヴェトナムの拡張主義を恐れ、ヴェトナムに対する戦争を開始し、まずヴェトナムのフーコック島を攻撃した。
 カンボジア・ヴェトナム戦争(西暦1975〜1989年)で、ヴェトナムがカンプチア人民共和国(西暦1979〜1989年)、カンボジア国(西暦1989〜1993年)という傀儡国を建てた。この時、ポル・ポト派軍司令官のフン・セン(雲昇)は、昭和52(西暦1977)年にヴェトナムに寝返り、外相・首相を歴任。カンボジア暫定国民政府(UNTAC(聯合國カンボジア暫定統治機構、英語: United Nations Transitional Authority in Cambodia)/SNC(カンボジア最高国民評議会、英語: Supreme National Council of Cambodia))(西暦1991〜1993年)を経て、カンボジア王国(西暦1993年〜1993年)でも平成10(西暦1998)年からカンボジア王国首相、カンボジア人民党議長(党首)を務め、実質世襲の極惡兇賊の海南華僑雲助朝を打ち建てている。


商品券石破茂.jpg 日本の秋田県北秋田郡扇田町(現大館市比内町扇田)出身で、切支丹大名の明石全登(てるずみ、ジュスト、ジョパンニ、ジョアン、景盛、守重、守之、全職、通稱: 掃部(かもん)頭/掃部助、掃部)の子孫と言われる明石康(94)がUNTACの事務総長特別代表という神輿に載せられ、カンボジアへの援助(ODAなど)に、人命を失い巨額の税金が棄てられたにも拘らず、実際の工事や施設の利用は南鮮や支那に使われ、J隊隊員の嫁不足の充足以外全く国益がない。

 それだけではなく、フン・セン関連への汚職と蓄財に回され、現在の世襲とクメール伝統の虎の威を借りた挑発の基盤をなし、増長を招いた。


ブルー・ヘルメット〜UNTAC日本代表誘拐さる〜 (光文社文庫) - 木村 譲二
ブルー・ヘルメット〜UNTAC日本代表誘拐さる〜 (光文社文庫) - 木村 譲二

 日本は平成01(西暦1989)年あたりからカンボジアの和平と国造り(国の建設)に積極的に関与させられ、特に平成03(西暦1991)年のパリ和平会議への参加や国際調整機構(ICORC、カンボジア復興国際委員会)設立で主導的役割を果たした。
聯合國(UN)との平和維持(PKO)活動における関与日本のカンボジアへの援助の主な内容・形態
 日本のODA(政府開発援助)は、現在もカンボジアの重要な資金源で、援助形態には、無償資金協力(贈与)、技術協力、円借款(低利融資)が含まれる。援助分野は多岐にわたり、インフラ(道路、水道)、教育(教員養成)、地雷除去、都市計画、保健衛生など。
また、草の根・人間の安全保障無償資金協力など、小規模な地域の支援も行われている。
援助金額・累計
 平成26(西暦2014)年度時点で、日本からカンボジアへの援助総額が累計約3467億円。
  内訳:円借款 約 883.8億円、無償資金協力 約 1785.7億円、技術協力 約 797.1億円。
 最近の援助例として、令和06(西暦2024)年07月には、82億9300万円の円借款(道路改修)と3億8600万円 の無償資金協力(若手行政官留学支援)を新しく合意。ユニセフ(UNICEF)を通じた緊急無償資金協力も令和07(西暦2025年)08月、30万米ドル(4650万円)を供与。効果が十分出ていない。例えば、通信網整備では利用率が低かった。日本大使館やJICA(国際協力機構、英語: Japan International Cooperation Agency)は都市交通、下水管理、デジタル化など、持続可能な分野での支援を強化し、国税を棄てている。
 UN(聯合國)を通じた平和維持活動(PKO)とUNTAC(聯合國カンボジア暫定統治機構)への参加
  日本は平成04〜05(西暦1992〜1993)年に、国連カンボジア暫定機構(UNTAC)に要員を派遣した。停戦監視要員:自衛隊から16人(平成04〜05(西暦1992〜1993)年)、文民警察要員:75人をカンボジア警察への指導・監視で派遣。施設部隊:陸上自衛隊の施設部隊1,200人規模。道路・橋の修復、給水・給食・医療・宿泊施設提供、物流支援などを実施。選挙支援:平成05(西暦1993)年の選挙では41人(国家公務員・地方公務員・民間人)を派遣して選挙監視を行った。
 これらは日本にとって、初の本格的なPKO(国連平和維持活動)派遣でもあった。日本は1992年に「国際連合平和維持活動等に関する法律(PKO法)」を制定し、この法律成立後すぐに日本はUNTACへの自衛隊施設部隊や文民警察を派遣するなど、国連活動への協力を本格化させた。日本のカンボジア援助は、単純な開発支援だけでなく、和平構築・社会安定を目指した戦略的一貫性がある。

Cambodia and the Year of UNTAC: Life and Love in Cambodia's 1993 Election (Essential Essays Book 67) (English Edition) - Riddle, Tom
Cambodia and the Year of UNTAC: Life and Love in Cambodia's 1993 Election (Essential Essays Book 67) (English Edition) - Riddle, Tom

日本→カンボジア援助およびPKO参加の主な出来事
平成03(西暦1991)年度 パリ和平協定(10月)でカンボジア和平構築が動き出す。日本が外交的に大きく関与。
平成04(西暦1992)年度 聯合國カンボジア暫定統治機構(UNTAC)が稼働開始。日本がPKO法(1992年6月成立)を整備。
平成04〜05(西暦1992〜1993)年度 日本がUNTACに参加:文民警察要員75人を派遣。陸上自衛隊から施設整備・道路橋整備部隊を派遣。
平成04〜09(西暦1992〜1997)年度頃 日本からカンボジアへのODAが初期復興期に高負担。例えば、平成04〜08(西暦1992〜1996)年で「約14億米ドル(日本を含む資金源全体)」という記述。精確な日本単独額は記載されていない。
平成14(西暦2012)年度日本からカンボジアへの年間ODA実績で、約1.72264億ドル。年別データとして明確な数字。
平成29〜30(西暦2017〜2018)年度 日本政府のカンボジアへのODA援助の質・手続きの改善が検討される段階。援助の「量」より「質」の議論が強まる。
令和03(西暦2021)年度 日本のODA全体データ(世界/各国向け)において、令和03(西暦2021年度の国別・地域別データが掲載されている資料あり。カンボジア向けに特化した金額はこの資料から直接は読み取りづらい。
令和04〜06(西暦2022〜2024)年度 日本の平和維持活動(PKO)への分担率として、2022/2024期に「8.0330%」という数字が示されている。これはカンボジア限定ではなく、日本のUN全体PKOへの分担率。
平成04〜30(西暦1992年〜2018)年度 日本のカンボジア向け2国間ODA(歳出ベース)として、1992〜2018年分のデータあり。例:2018年 約1.68013億米ドル。「年間約100百万米ドル程度を継続」している。日本のPKO/平和維持活動におけるUN貢献率は2022/2024期 8.0330%。日本の援助は、量的には「毎年100百万米ドル(約150億円余)」程度で継続という報告。

吸血鬼岸田文雄USAID.jpg前ポル・ポト派のフン・セン(雲昇)の雲助朝カンボジア(前クメール・ルージュ)がタイを武力攻擊
http://cnxss.seesaa.net/article/517092251.html
兇賊(前ポル・ポト派)海南華僑雲助フン・セン(雲昇) 廣東華僑タクシン支配のタイを襲擊中
http://cnxss.seesaa.net/archives/20250729-1.html
極惡兇賊(前ポル・ポト派)海南華僑雲助朝クメールのフン・セン(雲昇) 賣國奴廣東華僑タクシン(丘達新)の抗爭 停戰破り
http://cnxss.seesaa.net/archives/202508-1.html
極惡逆殺魔(前ポル・ポト派)海南華僑雲助朝クメールのフン・セン(雲昇)暗躍 ダメリカ酋長トランプに擦り寄る
http://cnxss.seesaa.net/archives/202510-1.html

【政治】カンボジア前首相「国境閉鎖500年でも問題なし」 タイ首相は冷静対応
https://bangkokshuho.com/thainews-543/
2025-11-07
タイとカンボジアの国境紛争をめぐり、カンボジア側が国境閉鎖の長期化を示唆した発言を行ったことに対し、アヌティン首相は記者団からコメントを求められたものの、「その発言についてはまだ読んでいない」と述べるにとどめ、慎重な姿勢を示した。
カンボジアのフン・セン上院議長(前首相)はこれまでに、「たとえ国境が今後500年間閉鎖されたままでも構わない」と発言しており、両国関係の緊張を象徴する言葉として受け止められている。
両国は最近、武力衝突の再発を受けて和平合意文書に署名したものの、国境検問所の多くは依然として閉鎖されたまま。2025年7月の国境危機では、全18カ所の国境検問所が一時閉鎖され、7月のタイ・カンボジア間貿易額はわずか3億7600万バーツと、前年同月比97.5%減まで落ち込んだ。
タイ商務省によると、2024年のタイ・カンボジア間の国境貿易額は約1750億バーツに達しており、国境閉鎖が長期化すれば通商・物流・観光など広範な分野に影響が及ぶ。経済専門家からは、国境検問所の閉鎖が年末まで続いた場合、タイ側の輸出損失は600億バーツを超える可能性も指摘されている。
一方で、カンボジア側にとってもタイは重要な貿易相手国であり、2024年の両国貿易額は43億ドル規模に達したものとみられている。国境地帯ではカッサバなど農産品の輸出や越境労働、観光収入に依存する地域が多く、紛争と閉鎖の長期化は双方の地方経済にとって大きな打撃となる。アヌティン首相には、感情的な応酬を避けつつ、ASEANなど国際社会との連携を通じて、実務レベルでの緊張緩和と貿易回復を図ることが求められている。

カンボジア国境でまた地雷 タイ兵4人がけが、1人は右足首失う
2025/11/11
https://newsclip.be/thai-news/thai-politics/30103
タイ陸軍第2軍管区は11月10日、東北部シーサケート県カンタララック郡のカンボジア国境で、巡回中のタイ陸軍兵士4人が地雷爆発によってけがを負ったと発表した。現場はプレアビヒア(タイ語名ワット・カオプラウィハーン)に近い場所。
 地雷爆発によって受けたけがはそれぞれ、右足首を失う重傷、衝撃波を受けたことによる胸の痛み、右脚に破片、粉塵による目の損傷。いずれも隣県ウボン・ラーチャターニー県の病院で治療を受けている。
 地雷はカンボジア軍の埋設によるものだが、停戦後や宣言後に撒かれたものであるかは、詳しく調べる必要がある。
 両軍合意の下で実施直前だったカンボジア兵捕虜18人のタイからの送還は、今回の地雷爆発を受け、当面の見合わせとなった。
 第2軍管区によると、国境紛争が激化して以来の国境地帯で、地雷によって負傷したタイ兵は計18人。

複数のタイ兵士が国境地雷で負傷 カンボジアとの和平宣言履行停止 国境緊張一段と高まる
2025-11-11
https://bangkokshuho.com/thainews-563/
タイ政府は11月10日、カンボジアと国境を接する東北部シサケート県カンタラック郡でパトロール中の複数のタイ人兵士が対人地雷の爆発により負傷したと発表した。地雷はカンボジア軍が埋設したものとみられ、政府はこれを受けて、カンボジアとの和平宣言の履行を一時的に停止する方針を明らかにした。負傷兵の具体的な人数や容体は公表されていないが、現場周辺では追加の地雷が存在する可能性があるとして警戒を強めている。
タイとカンボジア両政府は、数か月前から再燃・激化していた国境紛争を沈静化させるため、10月26日にマレーシアのクアラルンプールで和平宣言に署名。署名式にはトランプ米大統領が立ち会い、国境地帯からの重火器の引き上げや拘束中のカンボジア兵の引き渡しなど、緊張緩和措置を段階的に実行することで合意していた。しかし、今回の地雷爆発により、こうした措置の履行は当面棚上げされる見通しであり、停戦プロセスは不透明感を増すことになってしまった。
タイ・カンボジア国境地帯は、世界遺産プレアビヒア寺院周辺をはじめ領有権争いが続いてきた地域であり、過去の武力衝突で埋設された地雷が今も多数残る。実際、シサケート県などでは人道的な地雷除去活動中の兵士が犠牲となる事故が報告されており、長年にわたり国境住民の安全を脅かしてきた。
カンボジアは地雷禁止条約(オタワ条約)の締約国とされ、新たな地雷敷設が事実であれば国際社会から厳しい批判を招くことは必至。今回の事件を受け、タイ側は地雷原状の調査と国際監視の拡充を求める構えであり、国境地帯の緊張は一段と高まることになった。

タイ・カンボジア国境で発砲、カンボジア側から タイ側は応戦せず
2025/11/11
https://newsclip.be/thai-news/thai-politics/30097
東北部スリン県パノム・ドンラック郡のクメール遺跡「プラサート・タームアン・トム」のカンボジア国境で11月10日、カンボジア側から小火器による4、5発の発砲があった。タイ陣地に向けてのものだったが、タイ軍は応戦を控えた。
 今回の発砲は、隣県シーサケート県カンタララック郡で発生した、タイ兵が地雷に触れた重傷を負った事件に続くもの。停戦協定が守られず、不安定な状態が続いていることが浮き彫りとなった。
 10日午後時点で、両国の部隊は警戒態勢を強め、事態の推移を注視している。国境地帯は依然として極めて敏感な状況にあり、緊張の再燃が懸念されている。

タイ・カンボジア平和宣言「履行停止」 国境での地雷爆発を受け
2025/11/11
https://newsclip.be/thai-news/thai-politics/30110
アヌティン・チャーンウィーラクーン首相は11月10日、東北部シーサケート県カンタララック郡のカンボジア国境地帯で、タイ兵4人が地雷爆発によってけがしたことを受け、両国の平和宣言の履行を停止すると発表した。宣言後の両軍合意で実施するはずだった、カンボジア兵捕虜18人の解放も見合わせる。
 アヌティン首相は、「今回の事態はタイに対する敵対行為であり、継続的な安全保障上の脅威を示している」と述べ、国防省と軍の今後の判断を支持すると強調した。11日には現地を訪れ、負傷兵を見舞う。
 ナタポン・ナークパーニット国防相は、爆発現場がタイ軍の巡回路の途中であることから、「地雷は新たに埋設された可能性が高い」と指摘。カンボジア側が宣言・合意を守っていない明らかな証拠とした。
 国防省は外務省を通じてカンボジア政府に抗議文を送付する。タイ主権を侵害する意図が確認されれば、さらなる措置を講じる方針を示した。

カンボジア軍の挑発行為でタイ兵士が負傷 タイ政府は国軍に対し全面的軍事作戦を許可
2025-11-12
https://bangkokshuho.com/thainews-567/
タイ政府は11月11日、国家安全保障会議(NSC)を開催し、10日に東北部サケオ県国境地帯で発生した対人地雷の爆発により複数のタイ兵が負傷した事案を受け、国軍に対して「主権護持のための全面的な軍事作戦」を許可した。会合には首相のアヌティン首相、ナタポン国防相、シハサク外相、および関係政府機関の代表らが出席した。
この爆発は、カンボジア軍が新たに埋設したものとみられており、タイ側は「国境の主権を侵害する重大な挑発行為」と位置付けている。NSCの決定に伴い、タイ陸軍は「全兵力・武器を展開し、国を守る体制を整えた」と明言した。
今回の措置は、10月26日にマレーシア・クアラルンプールで署名された両国間の共同宣言(Kuala Lumpur Peace Accord)後も続いていた一連の地雷被害と国境紛争を受けたものだ。 タイ外務省は11月11日付でプレスリリースを発表し、現地の状況、軍の対応、外交当局の対応を説明。 また、タイ政府は国境地域での安全保障上のリスクを改めて認識し、軍事的対応を政府・軍が一体となって実施する方針を固めた。

タイ・カンボジア国境で再び銃撃戦 双方が非難、和平宣言は停滞
2025/11/13
https://newsclip.be/thai-news/thai-politics/30196
タイのメディアがAFPやロイターなどの外電を交えて伝えるところによると、タイ・カンボジア国境で11月12日午後、銃撃を伴う小規模な衝突が発生し、両国が互いに非難の応酬を続けている。タイ政府は米国が後押しする和平宣言の履行を一時停止すると表明しており、緊張が再び高まっている。
 両国当局によれば、衝突はタイ東部サケーオ県とカンボジア西部バンテイメンチェイ州の境界付近で起きたが、双方の説明は食い違っている。タイ側は、「午後4時ごろ、カンボジア兵がタイ領内に発砲したため、タイ軍は退避し警告射撃を行った」と説明。衝突は10分ほどで収束し、タイ側に死傷者はなかった。
 カンボジア側は「タイ兵が民間人に発砲し、5人が負傷した」と述べ、同国フン・マネット首相は自身のSNSに「タイ側の暴力行為を強く非難する。民間人3人が負傷し、1人が死亡した」と投稿した。同国情報省も負傷者とされる映像や写真を公開したが、真偽は確認されていない。問題の集落は、アランヤプラテート郡のバーン・ノーンヤーケーオで、両国が領有権を主張している。
 タイのアヌティン・チャーンウィーラクーン首相は11月10日、東北部シーサケート県カンタララック郡のカンボジア国境地帯で、タイ兵4人が地雷爆発によってけがしたことを受け、両国の平和宣言の履行を停止すると発表していた。宣言後の両軍合意で実施するはずだった、カンボジア兵捕虜18人の解放も見合わせている。

タイ首相、カンボジアの 「ワニの涙」比喩に「尻尾巻いて逃げるな」と警告
2025/11/13
https://newsclip.be/thai-news/thai-politics/30201
アヌティン・チャーンウィーラクーン首相は11月12日、カンボジアの英字紙「クメール・タイムズ」が「アヌティン首相はワニの涙」と揶揄したことに対し、「そのワニがやり返したとき尻尾を巻いて逃げるな」と警告した。
 クメール・タイムズは「戦争のために涙を流す指導者」と題し、アヌティン首相がタイ・カンボジア国境付近で地雷により負傷した兵士を見舞った際の涙を「演出されたもの」と批判した記事を掲載。悲しみを政治的宣伝に利用し、強硬姿勢を隠すための「ワニの涙」だと指摘した。
 中部アユッタヤー(アユタヤ)県の水害被災地を視察に訪れていたアヌティン首相は記者団に、「私の涙はワニのそれではない。しかしそのワニが噛みついたとき、カンボジアは尻尾を巻いて逃げるな」とやり返した。
 和平宣言に関しては、「違反の発生と同時に無効になる」と述べ、履行停止の正当性を主張。署名式に同席したアンワル・イブラヒム・マレーシア首相や米ドナルド・トランプ大統領への連絡は不要と説明した。

カンボジア軍 タイ国境地帯で対人地雷を新たに埋設か タイ軍は地雷除去部隊増派へ
2025-11-14
https://bangkokshuho.com/thainews-582/
タイ東北部サケオ県の国境地帯で対人地雷が爆発し、複数の兵士が負傷した件で、タイ陸軍は現場周辺で未爆発の地雷が新たに見つかったことを明らかにするとともに、「最近埋設された可能性が高い」との見方を示した。
サケオ県はカンボジア国境に位置し、かつて紛争で多くの地雷が埋設された地域。タイ地雷対策センター(TMAC)によれば、2024年時点で全国の地雷危険地域は縮小してきたものの、一部国境地帯では不法武装集団の動きが確認されたとして、治安当局は監視を強化している。
今回の事案を受け、陸軍は更なる調査を指示するとともに、地雷除去部隊を増派する方針を示した。政府は地域住民の安全確保を最優先に、国境警備や情報収集体制の強化を急ぐ考えだ。

タイ外務省、国境問題で米国に説明文書送付 カンボジアは無反応
2025/11/16
https://newsclip.be/thai-news/thai-politics/30277
タイ外務省は11月14日、タイ・カンボジア国境をめぐる緊張に関し、アヌティン・チャーンウィーラクーン首相がトランプ米大統領宛てに正式な説明文書を送付したことを明らかにした。米国からの照会に応じたもので、ワシントンのタイ大使館は米国務省と緊密に連絡を取り合っており、在タイ米国大使館も事実確認と情報交換を継続しているという。
 タイはカンボジアに対し、和平宣言違反に至った経緯について説明を求めているが、プノンペンからは謝罪や正式な回答は届いていない。外務省はこのため、宣言の履行停止措置を継続する方針を改めて示した。
 一方、国境を越えた詐欺組織対策についてタイ政府は、「詐欺撲滅は国家的課題」と位置づけ、領土内の地雷除去と詐欺組織の摘発という二つの主要任務は継続するとしている。「この問題はタイ・カンボジア間の二国間関係を超え、アセアン全体、さらには国際社会に関わる課題。カンボジアが国際的責任を果たすのであれば、国境問題とは切り離して対応すべきだ」と述べた。
 また、アヌティン首相による和平宣言の履行停止といった判断が国際的に不利に働くとの懸念に対して外務省は、「首相は現地視察の際に共同宣言の履行停止を説明しただけであり、タイが不利益を被ることはない」と反論。カンボジア側が有刺鉄線の切断や地雷の設置、挑発的な発砲など和平宣言違反を繰り返していることを挙げ、「タイは被害を受けた側であり、対応を示すのは当然だ」と強調した。
 タイ政府はすでに、共同宣言の立会国である米国とマレーシアに対しても状況を通報済みであり、国際的な理解を得る姿勢を示している。


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2025年11月08日

妖怪ガス抜き沙悟浄、移民党利権のため、外国に金をばら撒き日本国内大増税、野蛮土人を移民させ奴隷に使おうとする悪魔

沙悟浄高市早苗.jpg高市首相、ウクライナ支援の首脳会合に参加 ロシアの侵略は「暴挙」
2025年10月25日 1時30分
https://www.asahi.com/articles/ASTBS5753TBSULFA01TM.html
ウクライナ支援に関する首脳会合にオンラインで参加した後、記者団の取材に答える高市早苗首相=2025年10月24日、首相公邸
 高市早苗首相は24日夜、ウクライナを支援する有志国による首脳会合にオンラインで参加し、支援の継続などを伝えた。首相就任後、初の国際会議参加となった。
 首相は会合に30分間参加した後、首相公邸で記者団の取材に応じた。首相は、会合で「戦争の帰結は、欧州を越えて東アジアを含め、国際秩序全体に大きな影響を与える」と発言したと説明。また、ロシアによるウクライナ侵略は国際秩序を揺るがす暴挙であると指摘し、ウクライナ支援と対ロ制裁を続けることや、官民一体となってウクライナの復旧復興を支援するといった日本の方針を伝えたとした。
 首相は「ウクライナでの公正かつ永続的な平和実現のために、今後も各国と緊密に連携して取り組む」と述べた。


高市首相がゼレンスキー大統領と就任後初の電話会談 「ウクライナと共にあるとの日本の姿勢は変わらない」
2025年11月6日 木曜 午前0:00
https://www.fnn.jp/articles/-/956290
高市首相は5日夜、就任後初めてウクライナのゼレンスキー大統領と会談しました。
30分ほどの電話会談で高市首相は、「ウクライナと共にあるとの日本の姿勢は変わらない」と強調し、ウクライナの復旧・復興に向けた支援を続けていく考えを示しました。
ゼレンスキー大統領は、和平に向けたウクライナの取り組みなどについて高市首相に説明しています。

全裸Zelensky(44).jpgウクライナはインチキ猶太(アシュケナージム)の故地 ディープステイト(DS)の傀儡、猶太コメディアンにラスプーチンが侵攻
http://cnxss.seesaa.net/article/485740159.html
 15世紀後半、リトアニア・ロシア・クリミアが接する地域、「荒野」と呼ばれるウクライナの草原において、コサックという蛮人の戦闘集団が成立した。対抗できる敵のいないシベリヤ〜アラスカまで侵略した。日露戦争で、日本軍と戦った兵はウクライナ・コサックが多い。
 悍ましいロシアとウクライナ、白ロシア(ベラルーシ)の5百年は割愛。
 昭和61(1986)年04月26日、チェルノブイリ原子力発電所事故。国内〜西欧に放射性物質が飛散した。平成02(1990)年に一度原発を全廃したが、平成05(1993)年より原発を再び稼働。

商品券石破茂.jpg 平成03(1991)年、ソビエト連邦の崩壊に伴い独立。この独立で、ウクライナはキエフ・ルーシ崩壊以降ウクライナ史上最大の版図を得た。平成16(2004)年、大統領選挙の混乱からオレンジ革命が起き、ユシチェンコが平成17(2005)年01月、大統領に就任。ウクライナを西欧向けの天然ガスのパイプラインが通っており、通行料とウクライナ向けには格安の料金で売っていたが、途中で天然ガスを国家的に盗む山賊行為を行っていた。ロシアが天然ガスの料金を国際的な市場価格に合わせそれまでの優遇価格より倍以上に引き上げる要求があり、両国が対立、平成08(2006)年にかけて欧州各国を巻き込んだ騒動となった。その後、野党勢力により内閣不信任案が可決される。ヤヌコーヴィチ内閣、ティモシェンコ内閣と不安定な政権交代が起きた。平成22(2010)年、大統領選挙でヤヌコーヴィチとティモシェンコが激突。決選投票の結果、ヤヌコーヴィチが勝利し、ウクライナは再び親露派に率いられる。平成25(2013)年11月にヤヌコーヴィチ政権が欧州連合(EU)との政治・貿易協定の調印を見送ったことで、親欧米派や民族主義政党全ウクライナ連合「自由」などの野党勢力などによる反政府運動が勃発。平成26(2014)年01月後半より、抗議者の中に右派セクターなどの武力抵抗を辞さないとする立場のグループが現れ、これを制圧しようとする治安部隊との衝突が発生、双方に死者が発生。02月22日にヤヌコーヴィチ大統領が逃げ、ヤヌコーヴィチの大統領解任と大統領選挙の繰り上げ実施を決議し、オレクサンドル・トゥルチノフ大統領代行とアルセニー・ヤツェニュク首相がヴェルホーヴナ・ラーダにおいて承認された(2014年ウクライナ騒乱)。
 親露派のヤヌコーヴィッチ政権が崩壊したことを理由とし、03月01日にロシア上院がクリミアへの軍事介入を承認。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、ウクライナの極右民族主義勢力からクリミア半島内のロシア語話者およびロシア系住民の保護の名目で本格的に軍事介入を開始。ロシアは当初否定していたが、02月後半の時点から「現地クリミア住民による自警団」に偽装させたロシア軍部隊をクリミア全土に進軍させた(ロシアのクリミア侵攻)。このロシアの侵攻に対して、ウクライナ新政権と親欧米派の住民は侵略であるとして強く反発した一方、クリミア自治共和国およびセヴァストポリ特別市のロシア系住民の中にはこれを歓迎するものも少なくなく、ウクライナ国内法を無視する形で、クリミア自治共和国最高会議(議会)とセヴァストポリ市議会は03月11日にクリミア独立宣言を採択し、03月16日にウクライナからの独立とロシアへの編入を問う住民投票をウクライナ国内法に違反する形で実施。そもそも他国軍が展開する中という状況下に加え、様々な違法行為、投票率と投票結果への改竄が指摘されるが、同結果を根拠に、翌17日にウクライナからの「クリミア共和国」の独立とロシアへの編入を求める決議を採択した。ロシアのプーチン大統領は同日中にクリミア共和国の主権を承認し、翌18日中にクリミアのロシアへの編入要請受諾を表明し、クリミアのアクショーノフ首相とともに編入に関する国家間条約に署名(ロシアによるクリミアの併合)。05月12日にはドネツィク州、ルガンスク州において、同地の独立を宣言する勢力が現れた。欧米諸国や日本はこれらロシアの動きが国際法違反の侵略で、ウクライナからのクリミアの独立とロシアへの編入は無効であるとして、ロシアへの制裁を実施(2014年クリミア危機)。
吸血鬼岸田文雄USAID.jpg 平成26(2014)年03月以降、ウクライナ東部・南部、特にドネツィク州、ハルキウ州、ルハーンシク州、オデッサ州において、反政府派とウクイライナ政府との間で衝突が発生し、親露的な分離独立派の武装勢力が州庁舎や警察機関などを占領。その際、イゴール・ガーキンなどロシアの特殊部隊の兵の参加が複数確認されていることから、これらの衝突は一般のウクライナ国民による自発的反乱とみなすのは難しい。ウクライナも軍事行動を伴う「反テロ作戦」を開始。傭兵やネオナチを用いて、ロシア系住民への虐殺を行っている。
 平成26(2014)年06月に大統領選挙によって選ばれたペトロ・ポロシェンコが大統領に就任。以降も引き続き東ウクライナでは親欧米の政権側と親露の分離独立派(ノヴォロシア人民共和国連邦)による戦闘(ドンバス戦争)が続いており、一時的にウクライナ政権側と分離独立派、ロシア、ドイツ、フランスによる一時停戦案が結ばれるも、すぐに政府軍による反テロ作戦が再開され、各地で市街戦を含む戦闘が行われ、多数の民間人が犠牲となっている。09月05日にはベラルーシのミンスクで、ロシア、ウクライナ、OSCE、分離独立派の代表者によって、停戦と政治解決を目指すミンスク合意が調印された。平成26(2014)年10月26日のウクライナ最高議会選挙では、事実上、親欧米派が勝利したが、ミンスク合意のあとも戦闘は続き、結果として一般市民を含む死者数が平成26(2014)07月17日に発生したマレーシア航空17便撃墜事件(クラボボ村)なども含めれば5000人以上に上るなど、欧州では旧ユーゴスラビア内戦以来の死者数を出した。
 平成27(2015)年02月11日、ウクライナ、ロシア、フランス、ドイツは再びミンスクでサミットを開催し、ウクライナ東部の紛争終結に向けた体制の枠組みについて再度の合意が行われた(ミンスク合意2)。
うんこ.jpg 令和01(2019)年、コメディアンで猶太の、国政経験の全くない、ウォロディミル・オレクサンドロヴィチ・ゼレンスキー(ウクライナ語: Володимир Олександрович Зеленський、ロシア語: Владимир Александрович Зеленский、英語: Volodymyr Oleksandrovych Zelenskyy)(44)は、「ドンバス戦争の終結とオリガルヒの汚職・腐敗によるウクライナ国家への影響を阻止」を公約に掲げて当選。分離独立派が支配する東部地域停戦地域であるルガンスク州・ドネツク州で傭兵やネオナチを使い虐殺を行った。即ち、ロシアのクリミア侵攻後に交わされた平成26(2014)年のミンスク議定書の破棄である。支持率は20%と政権崩壊間際だったが、ロシアのウクライナ侵攻で90%を超えた。
 ゼレンスキーは、コメディー制作会社Kvartal 95を設立し、ゼレンスキーがウクライナ大統領を演じた「国民の僕」もその1つで、同シリーズは、平成27(2015)年〜平成31(2019)年にかけて放送され、絶大な人気を博し、テレビ番組と同じ名前を持つ政党を平成30(2018)年03月、Kvartal 95の従業員に作らせた。まさに猶太によるゴイム(愚民)の洗脳支配である。軌を一にしてディープステイト猶太は、フランスでは、同い年のエマニュエル・ジャン=ミシェル・フレデリック・マクロン(Emmanuel Jean-Michel Frédéric Macron)(44)を平成29(2017)年から大統領にしている。
Chinazi.jpgウクライナの支那への軍備供与
 ロシア語でヴァイキングを意味する「ヴァリャーグ」完成度は、船体が100%、機関が80%、その他の部分が20%の段階で平成04(1992)年03月に工事を中止し、ウクライナはスクラップとして2000万US$で売却する意向を示し、マカオの「支那系民間会社」である創律集団旅遊娯楽公司が平成10(1998)年に購入。「支那本国で海上カジノとして使用する予定」とされていたが、平成26(2012)年10月12日に空母遼寧として大連港を出港した。
 また、平成26(2014)年のロシアによるクリミア併合までにポモルニク型エアクッション強襲揚陸艦2隻が支那に譲渡された。
 ウクライナは支那との関係が深く、支那の全世界支配の「一帯一路」のヨーロッパへの一大橋頭保だった。

Rothschild.jpg← ロスチャイルド家の紋章

 日本は、ウンコ喰らいなに人道支援、財政支援、復興支援など、多岐にわたる方法でを支援し、これまでに、総額2兆円を超える支援を行い、これはG7内でも上位の支援額。具体的には、医療機材や発電機などの物資供与、世界銀行との協調融資、NATOの信託基金への拠出などが含まれる。妖怪岸田文雄、妖怪石破茂、ガス抜き妖怪高市沙悟浄は、ウンコ喰らいなの年金を支援までして、物価高に喘ぐ日本の年金受給者は無視している。移民党の公約の2万円給付に非課税世帯2万円の上乗せ給付の公約を妖怪石破茂、妖怪高市沙悟浄はないものとして騙した。
 戦争を継続してウンコ喰らいな人とロシア人の血を啜り、利益を得たい猶太やディープステイト(DS)の命令で、その上に、妖怪沙悟浄は十数兆円の支援を約束した。

ブラックロック.jpg ウンコ喰らいなは、他のG7の6國と異なり、日本の隣でもなく、ブラックロックによるウンコ喰らいなの収奪のための戦争で利益が入るわけでもない。しかも、日露戦争の敵國で、現在も敵國支那の軍備増強を行った敵性國である。そもそも、小ロシアで、ロシアの一部で、ウンコ喰らいな語は、ロシア語の方言。ゼレンスキーはロシア語を使う国境地帯で育ったユダヤ人で、ロシア語しか喋れなかった。また、ウンコ喰らいなは汚職の巣窟でこんな國に援助すると、中抜きの妖怪岸田文雄などやウンコ喰らいなの権力者の懐に支援金が入る。以前からウンコ喰らいなは世界でも指折りの「汚職大国」として知られている。軍事品や医薬品など支援物資の70%は必要な所に届いておらず、闇市場に流れている。

 ゼレンスキー大統領夫妻の両親や親族は早い段階で外国に逃亡している。世界を飛び回り、ウンコ喰らいなへの支援を呼び掛けているゼレンスキー大統領ですが、エレナ夫人は同行したニューヨークやパリで大盤振る舞いの買い物三昧で、カルティエで金やダイヤのブレスレットを始め34万US$ものショッピングに勤しみ、クリスマスはパリで過ごし、そこでも高級ブティックを梯子し、しこたまブランド商品を買い漁っていました。とても国民が生死の瀬戸際に追い込まれていることに寄り添うような姿勢はない。
 また、ポロシェンコ前大統領に至っては、自分の子どもたちのみならず10億US$もの現金をもってイギリスに逃れた。解任されたレズニコフ国防大臣の現金持ち逃げ事件でしょう。海外から提供されてきた経済支援や軍事物資の横流しで懐にしまい込んだ10億US$をもって、国外に姿を消した。同時に7人の副大臣ら軍の幹部も解任された。兵役を逃れるため軍幹部に賄賂を渡すのは日常茶飯事。追放されたレズニコフ国防大臣は、ウクライナの軍部の間では「あいつはアメリカの金を持ち去っただけで、ウンコ喰らいなの金に手を出したわけではない。」と、奇妙な論理で肩を持つ動きもある。ゼレンスキー大統領も同じ穴の狢で、海外からの支援金で国内の公務員6万人の給与を全額賄っているうえに、家族名義でイギリス・ロンドン中心部の高級不動産やフランス、エジプト、イタリア、モナコにも豪邸を購入したことが明らかになった。

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2025年11月01日

シリキット王太后が死去でいきなり、銀行が白黒世界 破局的円安(1円=0.210B、1US$=154円)もあり、海外渡航急制動

白黒クルングテープ銀行両替.jpgタイ・シリキット王太后が死去 1年間の服喪へ
2025/10/25
https://newsclip.be/thai-news/thai-local/29452
タイ王室は10月24日夜、シリキット王太后が同日午後9時21分にクルングテープ都内のチュラーロンコーン病院で死去したと発表した。享年93歳。
 これまでの発表によると、シリキット王太后は2019年9月以降、同病院に入院していた。複数の持病を抱え、継続的な治療が必要な状態が続いていたが、10月17日に血流感染を発症。治療が続けられたものの容体は徐々に悪化し、24日夜に息を引き取られた。
 ラマ10世(ワチラロンコーン国王)は、王室の伝統に則った葬儀を執り行うよう指示した。遺体はクルングテープ王宮内のドゥシット・マハープラサート宮殿に安置される。また、王族および王室関係者に対し、一年間の服喪を命じた。
 シリキット王太后は1932年8月12日、クルングテープ生まれ。1950年4月28日にラマ9世(プーミポン国王)と結婚し、同年5月5日の戴冠式で王妃の称号を授かった。

沙悟浄高市早苗.jpg 10月30日にいきなり、白黒画面。各国国旗損壊の侮辱であろう。11月01日には旧に戻っていた。

 ガス抜き妖怪ヤンキーやりまくり沙悟浄婆高市早苗(64)が首相になり円安、神を黒く染めた髑髏爺植田和男(74)が利上げ延期発言で破局的な円安。アメリカは議会で予算が通らず政府が閉鎖が1月続いているのに、円安。そこに、シリキットの不祝儀で海外渡航に急制動が掛かった。


シリキット(タイ語: สิริกิติ์、全名: สมเด็จพระนางเจ้าสิริกิติ์ พระบรมราชินีนาถ พระบรมราชชนนีพันปีหลวง、ソムデットプラナーンチャーオ・シリキット・プラボロムラーチニーナート(タイ語: สมเด็จพระนางเจ้า สิริกิติ์ พระบรมราชินีนาถ))(93歿)

 ラーマ5世(タイ語: รัชกาลที่ ๕、全名: พระบาทสมเด็จพระปรมินทรมหาจุฬาลงกรณ์ บดินทรเทพยมหามงกุฏ บุรุษยรัตนราชรวิวงศ์ วรุตมพงศบริพัตร วรขัติยราชนิกโรดม จาตุรันตบรมมหาจักรพรรดิราชสังกาศ อุภโตสุชาติสังสุทธเคราะหณี จักรีบรมนาถ มหามงกุฎราชวรางกูร สุจริตมูลสุสาธิต อรรคอุกฤษฏไพบูลย์ บุรพาดูลย์กฤษฎาภินิหาร สุภาธิการรังสฤษดิ์ ธัญลักษณวิจิตร โสภาคยสรรพางค์ มหาชโนตมางคประณต บาทบงกชยุคล ประสิทธิสรรพศุภผลอุดมบรมสุขุมมาลย์ ทิพยเทพาวตารไพศาลเกียรติคุณอดุลยพิเศษ สรรพเทเวศรานุรักษ์ วิสิษฐศักดิ์สมญาพินิตประชานาถ เปรมกระมลขัติยราชประยูร มูลมุขมาตยาภิรมย์ อุดมเดชาธิการ บริบูรณ์คุณสารสยามาทินครวรุตเมกราชดิลก มหาปริวารนายกอนันต์มหันตวรฤทธิเดช สรรพวิเศษสิรินธร อเนกชนนิกรสโมสรสมมติ ประสิทธิ์วรยศมโหดมบรมราชสมบัติ นพปฎลเศวตฉัตราดิฉัตร สิริรัตโนปลักษณมหาบรมราชาภิเษกาภิลิต สรรพทศทิศวิชิตชัย สกลมไหศวริยมหาสวามินทร์ มเหศวรมหินทรมหารามาธิราชวโรดม บรมนาถชาติอาชาวศรัย พุทธาทิไตรรัตนสรณารักษ์ อดุลยศักดิ์อรรคนเรศราธิบดี เมตตากรุณาสีตลหฤทัย อโนปมัยบุญการ สกลไพศาลมหารัษฎาธิบดินทร ปรมินทรธรรมิกหาราชาธิราช บรมนาถบพิตร พระจุลจอมเกล้าเจ้าอยู่หัว 、チュラチョームクラオ、ピヤマハーラート、幼名: チュラーロンコーン(จุฬาลงกรณ์、Chulalongkorn))(57歿)の側室を入れた妻の数は160人以上、子供の数は77人と歴代最高。
 チャンタブリー・スラマート王子(タイ語: สมเด็จพระเจ้าบรมวงศ์เธอ กรมหลวงจันทบุรีสุรนาถ、英語: Prince Chanthaburi Suramart)は側室チャオチョム・マンダー・セーン・カラヤーニャーミット(Chao Chom Manda Saeng Galyanamitra)を母にもつ第29子。その娘が、シリキット。

 マヒドン・アドゥンラデート(タイ語: มหิดลอดุลเดช、マヒタラーティベートアドゥンラヤデートウィクロム・プラボーロムラーチャチャノック太上王(タイ語: สมเด็จพระมหิตลาธิเบศรอดุลยเดชวิกรม พระบรมราชชนก)、ソンクラー公)(38歿)は、チュラロンコーン王(ラーマ5世)と半血妹サワーン・ワッタナー(タイ語: สว่างวัฒนา、Sawang Watthana、Sri Sawarindira、ソムデット・プラ・パーン・ワッサ・アイイカ・チャオ(タイ語: สมเด็จพระพันวัสสาอัยยิกาเจ้า、Somdet Phra Phan Watsa Ai-yika Chao))(93歿)を母にもつ第六十九子。マヒドンアドゥンラデートとシーナカリン(タイ語: ศรีนครินทรา、シーナカリンタラー・ボーロマラーチャチョンナニー王太后(タイ語: สมเด็จพระศรีนครินทราบรมราชชนนี)、サンワーン・タラパット(タイ語: สังวาลย์ ตะละภัฏ)、メーファールワン(タイ語: แม่ฟ้าหลวง)、ソムデット・ヤー(タイ語: สมเด็จย่า, 「祖母陛下」の意))(94歿)の長男がラーマ8世(タイ語: รัชกาลที่ ๘、アーナンタ・マヒドン(タイ語: อานันทมหิดล、Ananda Mahidol))(20歿)で、次男がラーマ9世(タイ語: รัชกาลที่ ๙、プーミポン・アドゥンヤデート(タイ語: ภูมิพลอดุลยเดช、Bhumibol Adulyadej))(88歿)。


クイーンシリキット 亜属間交配睡蓮 1株
クイーンシリキット 亜属間交配睡蓮 1株

 ラーマ5世(チュラーロンコーン)の六十九番目の子、ソンクラーナカリン(マヒドンアドゥンラデート)は、ラーマ5世と異母妹サワーン・ワッタナーの近親婚の子で、タイの医学の発展に尽くし、タイ国内の医療への関心を高め、後々アジアでも有数と言われるタイの医療の基礎を作った「タイの医療の父」である。シリラート病院は当時非常に小規模な病院であったが、ソンクラーナカリンの努力でタイ国内最大となった。後にソンクラーナカリンが設立した医師養成のための学校は独立し、医学のタイ国内最高学府、マヒドン大学である。
 シリラート病院で勤務していた支那人看護婦ンタラー・ボーロマラーチャチョンナニー(タイ語: สมเด็จพระศรีนครินทราบรมราชชนนี)、サンワーン・タラパットがソンクラーナカリンと結婚し、シーナカリン(メーファールワン、ソムデット・ヤー)となり、カンラヤーニワッタナー
(タイ語: กัลยาณิวัฒนา、ナラーティワートラーチャナカリン王女(タイ語: สมเด็จพระเจ้าพี่นางเธอ เจ้าฟ้ากัลยาณิวัฒนา กรมหลวงนราธิวาสราชนครินทร์))(84歿)、ラーマ8世(アーナンタ王)、ラーマ9世(プーミポン王)の3人を儲けた。
 シーナカリンは、父系祖父が支那広東省梅県(客家の中心地)出身の客家で、トンブリーで開業していた華僑の金細工職人、唐三華(タイ名: 唐三環(อั้งซำฮวด))の娘で、母周清蓮(タイ名: チュエイリアン)は広東華僑。9歳の時父母が死亡したが、ペッチャブリーラーチャシリントーン王女(ワライアロンコーン王女)の宮女となり、サットリーウィッタヤー学校に通う。その後、16歳の時からシリラート病院に看護婦として勤務するが、後に王室の奨学金を頂戴し、アメリカに留学し、20歳で留学先で出会ったソンクラーナカリン王子(マヒドンアドゥンラヤデート王子)と結婚した。
 昭和10(タイ暦2478、西暦1935)年、ラーマ7世(タイ語: รัชกาลที่ ๗、通称: ポッククラオ、幼名: プラチャーティポックサックディデート(タイ語: ประชาธิปกศักดิเดชน์、Prajadhipok Sakdidej)、プラチャーティポック(タイ語: ประชาธิปก、Prajadhipok))が立憲革命の後、嫌気がさし退位し、いきなり、ラーマ5世(チュラーロンコーン)の孫にあたる長男アーナンタ・マヒドンが国王ラーマ8世になった。夫のソンクラーナカリンも長男ラーマ8世も暗殺され、次男のプーミポン・アドゥンヤデートがラーマ9世に即位した。
 シーナカリンは、いきなり望まぬ王母となってしまった。夫ソンクラーナカリンも長男ラーマ8世も暗殺された。陰謀の巣の王宮を嫌い、晩年、北タイに関心を寄せ、チエンハーイのドーイ・トゥンを頻繁に訪れた。晩年のシーナカリンはドーイ・トゥンの近辺で国境警備隊名誉隊員となり、山岳民族を訪ね、無料で山岳を巡回する医師達の活動を支援した。この他、多くの慈善事業に参加した。また、ドーイ・トゥンにメーファールワン宮殿を建てて住み、国民、特に山岳民族からソムデット・ヤーと呼ばれ、絶大な人気があった。


ラーマ8世暗殺事件
 昭和21(西暦1946)年06月09日朝、ラーマ8世はボーロマピマーン宮殿の自身の寝室で、額から後頭部にかけて銃弾が貫通した状態の死体となって発見された。傍らには自動拳銃コルト・ガバメントが落ちており、第一発見者のチット侍従の証言によれば「午前09時20分頃、チット、ブット両侍従がラーマ8世の寝室の前に控えていたところ、中から銃声が聞こえた。チット侍従が中に入ってみるとラーマ8世がベッドの上で頭から血を流していた。」侍従3人は死刑、銃の暴発事故という信じられない結末となっている。日本との同盟時の国王のため邪魔になったアメリカによるもの、プリーディー元首相、旧日本軍の参謀の辻政信による犯行説まである。タイではラーマ8世の死因に触れると、不敬罪になる可能性がある。 辻政信は、その後、密林に消え消息不明。


潜行三千里 完全版 - 辻 政信
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笑わない王
 兄王ラーマ8世がいきなりの暗殺され、弟のプミポン(ภูมิพล、ラーマ9世)に王位が移った。このような歴史的政治的背景があり、「笑わない王」として知られる。伝記「The King Never Smiles: A Biography of Thailand」は発禁であり、タイに持ち込むと、逮捕される危険性がある。配慮しかしない日本では訳本は出ていない。


The King Never Smiles: A Biography of Thailand's Bhumibol Adulyadej (English Edition) - Handley, Paul M.
The King Never Smiles: A Biography of Thailand's Bhumibol Adulyadej (English Edition) - Handley, Paul M.

ラーマ9世の死去の時のタイ国民 ↓
つづく

 プーミポン・アドゥンヤデート(ラーマ9世)は、ラーマ5世を共に祖父とする従妹のシリキットと結婚し、長女ウボンラット(タイ語: อุบลรัตน、ウボンラッタナラーチャカンヤーシリワッタナーパンナワディー(タイ語: ทูลกระหม่อมหญิงอุบลรัตนราชกัญญา สิริวัฒนาพรรณวดี)、旧名: ウボンラッタナラーチャカンヤー)(74)、長男ワチラロンコーン(タイ語: วชิราลงกรณ、Vajiralongkorn)全名; พระบาทสมเด็จพระปรเมนทรรามาธิบดีศรีสินทรมหาวชิราลงกรณ มหิศรภูมิพลราชวรางกูร กิติสิริสมบูรณ์อดุลยเดช สยามินทราธิเบศรราชวโรดม บรมนาถบพิตร พระวชิรเกล้าเจ้าอยู่หัว)(73)、次女シリントーン(タイ語: สิรินธร、マハ―・チャクリ王女、テープラッタナラーチャスダー女公、สมเด็จพระกนิษฐาธิราชเจ้า กรมสมเด็จพระเทพรัตนราชสุดา เจ้าฟ้ามหาจักรีสิรินธร มหาวชิราลงกรณวรราชภักดี สิริกิจจการิณีพิรยพัฒน รัฐสีมาคุณากรปิยชาติ สยามบรมราชกุมารี、英語: Her Royal Highness Maha Chakri Sirindhorn, the Princess Debaratanarajasuda、プラ・テープ(タイ語: พระเทพ))(70)、三女チュラポーン(タイ語: จุฬาภรณ、スリーサワーンカワット女公、สมเด็จพระเจ้าน้องเธอ เจ้าฟ้าจุฬาภรณวลัยลักษณ์ อัครราชกุมารี กรมพระศรีสวางควัฒน วรขัตติยราชนารี、英語: Her Royal Highness Princess Chulabhorn Walailak, the Princess Srisavangvadhana Vorakhattiya Rajanari)(68)の1男3女を儲けた。

馬鹿印.jpgブルーダイヤモンド事件
 平成01(西暦1989)年、サウジアラビア王国(アラビア語: المملكة العربية السعودية)(西暦1932年〜)の王家サウード家(آل سعود Āl Saʿūd、英語: House of Saud)国王の長男ファイサル・ビン・ファハド・ビン・アブドゥルアズィーズ(アラビア語: الأمير فيصل بن فهد بن عبد العزيز آل سعود, 英語: Prince Faisal Bin Fahd Bin Abdul Aziz)王子の宮殿で庭師として働いていたクリアンクライ・テチャモン(Kriangkrai Techamong)が、サウジアラビアの王子の宮殿から宝飾品や高価な宝石類など計91kg(200ポンド)総額2500万US$(約28億円)相当の宝石を盗み出した。盗難品の中には貴重な50ctのブルーダイヤモンド等の宝石が含まれており、クリアンクライは宝飾品等をタイ王国ラムパーン県の自宅に送り帰国。クルングテープの宝石商サンティ・シタカナンは宝石類が売りに出されていることを知り、クリアンクライは宝石の処分が難しいと判明すると、その価値からするとほんの僅かな金額でほとんどの宝石をサンティ・シタカナンに売り飛ばした。 サンティ・シタカナンは、クルングテープの大手宝石店に持ち込み売り捌いた。サウジアラビア政府は、この事件解決をタイ政府に正式に依頼しタイ王国国家警察庁タイ警察は捜索に乗り出し、チャラー・カーディテ中将率いるチームの捜査の結果、クリアンクライを逮捕し、クリアンクライは死刑回避を条件に全て自供した。女性宝石商サンティ・シタカナンを詰問し、直ちに、担当捜査官は大手宝石商の元へ急行し、大手宝石商はその盗品の返却に素直に応じた。盗まれた宝飾品のほとんどを回収した。クリアンクライは懲役7年の有罪判決を受けたが、警察の捜査に協力し自供したため、3年後に釈放された。 奪回された財宝は、サウジアラビア政府から提示されていた盗品リストと照合したところ、全て一致。これにより盗品奪回作戦は大成功。サウジアラビア政府に無事返却し終わったが、解決とはならなかった。
 サウジアラビアは「返された宝石の大半が模造品だ。」と主張。また、盗まれた宝石の中で最も貴重な50カラットのブルーダイヤモンドは現在も見つかっていない。サウジアラビア政府は、独自捜査のために実業家のサウジアラビア人実業家モハメド・アルルワイリをタイに派遣。返却された宝石の約半分が偽物だったことを突き止めた。また、アルルワイリ失踪前の昭和64(西暦1989)年01月04日にはサウジアラビア人外交官1人がクルングテープ都バーンラック区シーロム通りで殺害され、平成02(西暦1990)年02月01日には3人のサウジアラビア人外交官がクルングテープ都ヤーンナーワー区トゥンマハメクで殺害された。サウジアラビアの外交官3人がクルングテープで射殺された11日後の平成02(西暦1990)年02月12日にモハメド・アルルワイリも姿を消し、殺害されたものと推定されている。サウジアラビア人4人が何者かに殺害され、事件は迷宮入り。タイの警察幹部を含む容疑者5人が実業家殺害への関与で訴追されたが、平成26(西暦2014)年に証拠不十分で不起訴。土壇場で裁判官が交代された後の決定だった。
 女性宝石商サンティ・シタカナンは、禁錮5年の有罪判決を受けたが、逮捕前に宝石の大半を売り捌いていた。警察幹部の1人のチャロー・グードテード警察庁犯罪制圧部本部長は、紛失したとされる本物のブルーダイヤモンドは、絶対にタイ国内のどこかにあるはずと考え、 今回の事件の捜査に紛れ略取しようと企み、他の担当捜査官達を抱き込み、タイ人宝石商の妻子を身代金目的で誘拐、共犯警察官達の目の前で女性宝石商サンティ・シタカナンとその子供の2人を拳銃で射殺。チャロー・グードテードと共犯警察官達は逃亡したが、後に、この殺人事件の主犯のチャロー退役警察中佐が発見され逮捕、共犯の警察官も全員逮捕された。平成19(西暦2007)年、チャロー・グードテード元警察庁犯罪制圧部本部長は、ラーマ9世の80歳の誕生日の恩赦で終身刑に減刑、再び平成24(西暦2012)年、ラーマ9世85歳の誕生日の恩赦で12年間服役し出獄。平成25(西暦2013)年07月には、チャロー・グードテードは、実業家のタイ人男性(67)を東部サケーオ県アランヤプラテートで誘拐し、東部プラチンブリー県で殺害して遺体を燃やし、タイ人の男4人を誘拐などの容疑で逮捕された。
 その後、チャラー・カーディテ中将は、平成07(西暦1995)年に盗難事件に関わった宝石商の妻子が殺害された事件で、殺害を命令した容疑で死刑判決を受けた。タイ最高裁は判決を支持し平成07(西暦2021)年10月16日にチャラー・カーディテに死刑判決を言い渡したが、この判決はタイ国王ラーマ9世の84歳の誕生日の恩赦で国王によって懲役50年に減刑された。他にも警察官6人が殺害にかかわったとして有罪判決を受けている。このうち、パンサック・モンコルシルプ警察中佐は平成14(西暦2002)年に無期懲役の判決を受け、平成17(2005)年の控訴審でも支持されたが、平成24(西暦2012)年に釈放された。
 「ブルーダイヤモンド事件」は迷宮入りし、サウジアラビアは以降、タイに大使を置かず、外交関係を引き下げている。「盗まれた宝飾品の多くは警察を経て権力者に渡った。」という噂がある。「チャリティーイベントで撮影された写真に写っていた政府関係者の妻の多くがサウジアラビアの宮殿で盗まれたダイヤモンドのネックレスに似た品を着用していた。」という噂が流れた。「タイ警察や要人が宝石を自らの懐に入れたのではないか。」というサウジ側の疑念に拍車を掛けた。 また、「ブルーダイヤモンドは、シリキット王妃(現王大后)の手に渡っている筈で、今回の事件を知り、盗品の中にあった「ブルーダイヤモンドをどうしても手に入れたい。」と考え、女性宝石商サンティ・シタカナンを通じ、シリキット王妃(現王大后)の元に渡されている。」という噂がある。当然、不敬罪の適応の危険性がある。
 タイ警察の組織ぐるみの犯行は斯くも恐ろしい。この事件に関しサウジアラビアが怒るのも無理はない。
 平成28(西暦2016)年03月17日、クリアンクライ・テチャモン(当時65)はラムパーン県の自宅で取材に応じ、「残りの人生を僧侶として過ごし、自身の不誠実な行為を懺悔する。」と話した。窃盗罪でタイの刑務所に5年近く収監されていたクリアンクライは、「所在不明のブルーダイヤモンドは呪われている。」と信じており、「自身と家族に災いを齎した。」と話した。チャラー・カーディテは国王により恩赦が与えられ、平成27(西暦2015)年08月に釈放されており、クリアンクライの出家式に参列した。平成31(西暦2019)年03月22日、タイ最高裁は1990年のサウジアラビア人実業家モハメド・アルルワイリ拉致殺害事件について、警察官5人を証拠不十分で無罪とした。この5人の警察官については、長年再三にわたり告訴が却下された。刑事裁判所は平成26(西暦2014)年に訴えを却下する判決を下し、翌年の控訴審でも支持された。
 「ブルーダイヤモンド事件」は、タイとサウジアラビアの確執を齎した。両国の反目は現在もなお続いている。その後事件解明に訪れたサウジ人実業家と3人の外交官がタイで次々に失踪し殺害されるという前代未聞の事件が未解決のまま迷宮入りした。「ブルーダイヤモンド事件」以来、サウジアラビア政府は、「盗難および殺人事件が未解決だ。」として、大使が召還され、ここ数十年にわたってタイに大使を派遣しておらず、2国間の渡航も制限している。外交関係が引き下げられた状態が続いていたが、今度は、次席公使まで召還され、在タイ、サウジアラビア大使館は二等書記官が代行業務を担当している。
 また、サウジアラビア政府は、腹いせに麻薬密輸で有罪判決を受けたタイ人男性2人に対する公開斬首刑を執行している。サウジアラビアと、サウジ家というベドウィン匪賊をイギリスが第1次大戦で利用するためにでっち上げた国であることも忘れてはならない。
 令和04(西暦2022)年01月25日、サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマーン・アール・サウード(アラビア語: محمد بن سلمان آل سعود、Muḥammad bin Salmān Āl Su‘ūd)王太子とタイのプラユット・チャンオチャ(タイ語: ประยุทธ์ จันทร์โอชา、Prayuth Chan-o-cha)首相がサウジの首都リヤドで首脳会談を行い、両国の外交関係を正常化することで合意し、30年以上にも及ぶ関係の冷え込みに終止符が打たれた。


ワチラロンコーン.jpg刺青ワチラロンコーン.jpgワチラロンコーン国王(68)の妾20人、側近数百人と高級ホテル貸し切りで優雅な武漢肺炎避難 タイ王室の闇
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ワチラロンコーン国王 反政府デモをよそにドイツに愛犬30匹と随行団250人を率いて超豪華外遊
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 ラーマ9世の子は、ワチラロンコーンの妹のシリントーン(70)は国民から敬愛され王位継承者でもあり、王に相応しい。ところが、姉のウボンラットも、アメリカ人と結婚して王族籍が剥奪されたり、タクシン派のミニ政党から、首相候補として平成31(西暦2019)年のタイ総選挙に出馬しようとして憲法違反で止められたりと評判が悪い。

長女ウボンラット(74)
 マサチューセッツ工科大学(MIT)に留学し、留学中に知り合ったアメリカ人ピーター・ラッド・ジェンセンと結婚したことにより王族籍が剥奪された。ピーターとの間には1男2女を儲けた。平成10(西暦1998)年には離婚しタイへ帰国。現在では、ラーマ9世の外戚として王族に準じた扱いを受けている。
 平成31(西暦2019)年02月08日、タクシン派政党のタイ・ラクサーチャート党(タイ語: พรรคไทยรักษาชาติ、Phak Thai Raksa Chat)の首相候補として総選挙に出馬することが明らかになったが、実弟のラーマ10世が直ちに「たとえ王族籍はなくとも、現国王(たる私)の姉であること、王族であることに変わりはなく、いかなる形であれ政治職につくことは不適切な行為だ。」としてこれに反発する声明を発し、僅か1日で撤回に追い込まれた。
 長女プローイパイリン・ジェンセン(タイ語: พลอยไพลิน เจนเซน)(43)
  王族籍はないが、タイ国内では非公式にクン・プローイパイリン・マヒドンとして王族に準ずる扱いを受けている。平成11(西暦2009)年08月25日に長年交際をしていたデビッド・ホイーラーとハワイで結婚し、2男1女をもつ。
 長男プム・ジェンセン(タイ語: พุ่ม เจนเซ่น)(21歿)
  アメリカ国籍のピーター・ラッド・ジェンセンを父に持つために王族籍はなく、正式な王室の一員ではないが、ウボンラットの離婚によりタイ国内での王族的な活動などが認められ、プーミポン国王の外戚としてタイ国内では王族的な扱いを受けていた。母ウボンラットをはじめ家族全員で、パンガー県のカオラックのラ・フローラ・リゾート・ホテルに宿泊していたが、平成16(西暦2004)年12月26日に発生したスマトラ島沖地震で津波に浚われ行方不明となった。翌日に遺体が発見され、叔父のワチラーロンコーン王子(現国王ラーマ10世)が遺体の確認を行なった後、遺体はクルングテープに輸送された。
 次女シリキティヤー・ジェンセン(タイ語: สิริกิติยา เจนเซน、Sirikitiya Jensen)(40)

 ラーマ9世の誕生日は父の日、シリキットの誕生日(08月12日)は母の日、素行の悪いラーマ10世や妃の誕生日に変わることはない。

長男ラーマ10世(タイ語: รัชกาลที่ ๑๐、ワチラロンコーン)(73)
 ワチラロンコーン(タイ語: วชิราลงกรณ、ラーマ10世)の数少ない外交業務に昭和62(西暦1987)年の訪日がある。この時、妻ではなく妾を連れて行こうとしたが、外交儀礼に反するという理由で日本政府に拒否されている。日本滞在中、自動車で移動中に小便を我慢できなくなり高速道料金所のトイレで用を済ますことになったり、除幕式で背丈に合わない椅子が用意されたりした。それを自分に対する冷遇と受け取り、予定より3日早くタイに帰国した。9年後の平成08(西暦1996)年、当時の橋本龍太郎首相がタイで行われた国際サミットに参加した際に、日本に対する報復を行った。ドンムアン空港に橋本龍太郎の飛行機が着陸した際、ワチラロンコーンは3機の戦闘機を使って滑走路を塞がせた。
 日本の皇室と繋がりが深いと言われるタイ王室だが、令和01(西暦2009)年10月22日の即位礼正殿の儀には各国の王族が出席したが、タイからは王族ではなくプラユット・チャンオーチャー首相兼国防大臣が夫人と共に出席した。

 現在まで表面化しているだけで、ワチラロンコーンは、4回の結婚と3回の離婚を経験している。
@ ソームサワリー妃(タイ語: โสมสวลี、Somsawali、ソムサワリ・キティヤカラ(タイ語: โสมสวลี กิติยากร))(68)最初の妃。シリキット王妃の姪で従妹にあたり、ラーマ5世の男系子孫で結婚前にもモームルワンの称号を持っていた。離婚後も王族の一員として活動。
A スチャーリニー妃(タイ語: สุจาริณี วิวัชรวงศ์、Sucharini Wiwatcharawong、ユワティダー・スラサワディー(タイ語: ยุวธิดา ผลประเสริฐ)、芸名: ユヴァディダ・ポルプラサート(タイ語: ยุวธิดา ผลประเสริฐ)、通称: ベンツ(タイ語: เบ๊นซ์))(63)2人目の妃。15歳〜17歳の時映画女優。王太子妃として王子4人、王女1人を出産するが、離婚後は子供とともに国外へ追放され、イギリス王国サクス・コバーグ・ゴータ朝=ウィンザー朝(西暦1901年〜)、のちアメリカ合衆国(西暦1776年〜)で平民として居住中。長女シリワンナワリー王女のみ、タイに帰国した。
B シーラット妃(シーラット・スワディー(タイ語: ศรีรัศมิ์ สุวะ))(53)3人目の妃。母方の祖先はモン族。22歳でワチラロンコーン王太子の侍女となった。親族7人の汚職を理由として離婚され、タイ中部の出身地サムットソンクラーム県に戻り平民として生活しており、1人息子(ドイツ在住)に連絡を取ることも禁じられている。事実上の軟禁状態下でメーチー (タイ語: แม่ชี、女性仏教修行者)として生活している。
 平成09(西暦2007)年には、3番目の妃だったシーラット王太子妃の30歳誕生パーティーで、元ストリッパーとされる本人を大勢の人間がいる中1人だけ裸にさせている映像が出回った。
 平成26(西暦2014)年、3番目の妻だったシーラット王太子妃と離婚後、なぜか彼女の両親、父アピルジ・スワディー(72)と母ワンサニー(66)は不敬罪で逮捕された。2人は後に12年前に王室とのつながりを悪用したことを認め、そのせいでかつての隣人が偽りの詐欺容疑で投獄された。2人とも懲役5年の判決を受けたが、王室の名誉を毀損した罪を認めた後、2年半に減刑された。1週間後、彼女の兄弟であるナタポル・スワディー少佐、ナロン・スワディー、シティサック・スワディーも懲役5年半の判決を受けた。彼女はメーチとして出家生活を選び、事実上の自宅軟禁状態でありながら質素な暮らしを送った。王太子妃の王室離脱も発表され、国内外で驚きをもって受け止められた。平成27(西暦2015)年には、側近だったとされる占い師ら2人が不敬罪などの容疑で逮捕後、軍施設で拘束中に相次いで死亡。それぞれ病死と自殺と不自然な死因を発表。
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016120100648
C スティダー・ワチラロンコーン・ナ・アユタヤ妃(現王妃)(タイ語: สุทิดา วชิราลงกรณ์ ณ อยุธยา、สุทิดา、Suthida、旧名: スティダー・ティトチャイ(タイ語: สุทิดา ติดใจ))(47)4人目の妃。福建支那人。元スチュワーデス。日本航空の子会社であるJALウェイズからタイ国際航空の客室乗務員を経て、平成26(西暦2014)年に陸軍入隊し、王太子時代のワチラロンコーンの護衛部隊の責任者に就任。平成28(西暦2016)年には新設された王立保安軍の特殊作戦部隊司令官に任命されタイ王国軍中将に昇進。既に国王と結婚生活を送っていたが、令和01(西暦2019)年05月01日に正式に結婚。
側室
シニーナート・ウォンワシラパック(タイ語: สินีนาฏ วงศ์วชิราภักดิ์、Sininat Wongwachiraphak、ニラモン・ウンプロム(タイ語: นิรมล อุ่นพรม、Niramon Unphrom))(40)ナーン県ターワンパー郡出身。国王警護部隊所属の 王室護衛官や陸軍看護師で軍の少将の階級も持っていた。パイロットの資格も有する。スティダー妃の即位後も執拗に王室の称号を求め、国王は混乱を避けるためにスティダ王妃との結婚式から約3ヶ月後の令和01(西暦2019)年07月28日に「チャオクンプラ(เจ้าคุณพระ、「高貴な配偶者」の意)」の称号を授けられ、前国王は一夫一婦制だったため、100年ぶりのタイ王室側室。
 だが称号授与の僅か3ヶ月後の10月21日、シニーナートが王妃のように振る舞い、国王の命令と偽って臣下に指示するなど態度が改められなかったため、「国王への不実」などを理由として勅命により、国王の警護部隊に所属していたが、「スティダー妃を貶めようと画策した。」として、チャオクンプラの剥奪と同時に軍や王室の称号や階級を剥奪された。2日後の10月23日には「高官6名を国王が解雇した。」と発表。理由は「自分または他人の利益のために公人の地位を乱用する悪行に及び、行動規範に著しく違反した」こと。令和02(西暦2020)年08月28日付で恩赦を受け、称号を再び授けられた。詳しい理由は明らかにされていない。
 現在、王族籍にある子女は3人。
パッチャラキッティヤーパー王女(ラーチャサリニーシリパット女公パッチャラキッティヤパー王女(タイ語: สมเด็จพระเจ้าลูกเธอ เจ้าฟ้าพัชรกิติยาภา นเรนทิราเทพยวดี กรมหลวงราชสาริณีสิริพัชร มหาวัชรราชธิดา)、昭和53(1978)年12月07日〜、46)母:ソームサワリー元妃。
シリワンナワリーナーリーラット王女(タイ語: สิริวัณณวรี นารีรัตนราชกัญญา)、Siriwanwari Narirat Ratchakanya、昭和62(1987)年01月08日〜、38)母:スチャーリニー元妃。
ティーパンコーンラッサミーチョート王子(タイ語: ทีปังกรรัศมีโชติ、Thipangkon Ratsamichot、平成17(2005)年04月29日〜,20)母:シーラット元妃。1番目の妻ソームサワリーとの間に娘、2番目の妻スチャーリニーとの間に4男1女を儲けているが、2番目の妻スチャーリニーと離婚した折にラーマ10世は5人の子供の親権を放棄しており、結果としてティパンコーンラッサミチョトが認知されている唯一の息子ということになっている。王位継承順位第1位(推定相続人)。
王族籍にない子供
 2番目の妻スチャーリニー元妃の息子であり、シリワンナワリーナーリーラット王女の同母兄にあたる。
ジュタヴァチャラ・ウィワチャラウォン(タイ語: จุฑาวัชร วิวัชรวงศ์、英語名: Max)(46)航空宇宙エンジニア。平成25(西暦2013)年にアメリカ生まれのリヤ・ゴフと結婚し、外国人との結婚を禁じる王族籍により、タイの王位継承権から除外された。1男2女。
ワチャレーソーン・ウィワチャラウォン(タイ語: วัชเรศร วิวัชรวงศ์、Vacharaesorn Vivacharawongse)(44)アメリカ合衆国で弁護士をしており、令和05(西暦2023)年05月には弟チャクリワットとともに27年ぶりに一時帰国した。令和06(西暦2024)年にも帰国し令和07(西暦2025)年05月11日に僧侶として出家したが、06月23日、ワチャレーソーン・ウィワチャラウォンはワット・パリワット・ラーチャソンクラームで拘束され、ニューヨーク行きの飛行機に乗せられ、タイ滞在を終えた。
チャクリワット・ウィワチャラウォン(タイ語: จักรีวัชร วิวัชรวงศ์、Chakriwat Vivacharawongse)(42)アメリカ人の医師。チャクリワット・ウィワチャラウォンは医学部卒業後、チャクリワット医療情報センター(CMIC)を設立した。 また、タイの公衆衛生制度に対する懸念を定期的に表明していた。令和07(西暦2025)06月24日、彼はタイから国外追放された。
ワッチャラウィー・ウィワッチャラウォン(タイ語: วัชรวีร์ วิวัชรวงศ์、Vatchrawee Vivacharawongse)(40)アメリカ人の金融家。

 この刺青チンピラ、ワチラロンコーンは、即位後はスティダー妃とともにドイツ連邦共和国(西暦1949年〜)に滞在していたが、令和02(西暦2020)年03月には武漢コロナウィルス避難に伴い妾20人の女性を連れて全室を貸し切ったバイエルンのホテルにて隔離生活を送っていた。平成29(西暦2017)年06月10日にはミュンヘン郊外をサイクリング中に、ドイツ人の10代前半の少年2人よりエアソフトガンを用いてプラスチック製BB弾で狙撃された。弾はワチラロンコーンには当たらず、タイ国内で大々的に報道されることもなかった。また折を見てタイに帰国しており、令和02(西暦2020)年08月には母シリキット王大后の88歳の誕生日を祝うため、24時間未満という短い時間ながらタイに帰国した。10月10日にはドイツ連邦議会におけるハイコ・マース外相の答弁の中で、ワチラロンコーン国王はドイツの地からタイを統治するのを止めるよう苦言を呈された。10月以降は国内にとどまり、王室改革を求める異例のデモが続く中、イメージ回復のためと見られる動きを強めている。その後、令和03(西暦2021)年11月08日に息子の滞在するドイツへと出国したが、1年余りのタイ滞在は異例の長期国内滞在とされた。

次女シリントーン(タイ語: สิรินธร、マハ―・チャクリ王女テープラッタナラーチャスダー女公(タイ語: สมเด็จพระกนิษฐาธิราชเจ้า กรมสมเด็จพระเทพรัตนราชสุดา เจ้าฟ้ามหาจักรีสิรินธร มหาวชิราลงกรณวรราชภักดี สิริกิจจการิณีพิรยพัฒน รัฐสีมาคุณากรปิยชาติ สยามบรมราชกุมารี、Maha Chakri Sirindhorn, the Princess Debaratanarajasuda)(70)
 昭和52(西暦1977)年、チュラーロンコーン大学を卒豪後、王位継承権が与えられ、ソムデットプラ・テープラッタナラーチャスダーサヤームボーロムラーチャクマーリー(タイ語: สมเด็จพระเทพรัตนราชสุดาสยามบรมราชกุมารี)の称号を得た。「情報技術の王女(ITプリンセス)」と呼ばれることもある。独身。
 興味の対象が元々文学であったことから、言語学にも興味を示し、言語学の学位も持っている。東南アジア地域の古典語としてサンスクリット語、パーリ語、古代クメール語などに精通。欧米の言語としては英語、フランス語に通じ、またドイツ語、ラテン語などを学んだこともある。中国文化には特に関心を抱いており、支那語を操り毛筆で書写、支那を頻繁に訪れ繋がりが深い。
 父ラーマ9世や母シリキット王妃に代わって、地方視察の公務を行った。地方視察では他の王族と違い、笑顔が多く気さくに振る舞うことから、国民からの人気が高い。不行状の多い兄の現国王ラーマ10世(ワチラーロンコーン)ではなく、シリントーンへの王位継承を望む声がおおい。

三女チュラポーン(タイ語: จุฬาภรณ、スリーサワーンカワット女公、タイ語: สมเด็จพระเจ้าน้องเธอ เจ้าฟ้าจุฬาภรณวลัยลักษณ์ อัครราชกุมารี กรมพระศรีสวางควัฒน วรขัตติยราชนารี、英語: Her Royal Highness Princess Chulabhorn Walailak, the Princess Srisavangvadhana Vorakhattiya Rajanari)(68)
 タイ王国空軍大尉のウィーラュット・ディットヤサリン(Virayudh Didyasarin)と結婚し、2人の娘がいる。王族以外の男性と結婚したため、王位継承権はない。第126代今上天皇(徳仁(なるひと))(65)の弟宮で皇位継承順位第1位の皇嗣秋篠宮文仁(ふみひと)親王(59)の第1夫人と噂される。
 長女シリパージュターポーン(Siribhachudhabhorn)
 次女アーティッタヤートーンキティグン(Adityadhornkitikhun))


タイ政府、全国服喪期間を発表 国民に90日間の黒服着用を呼びかけ
2025/10/25
https://newsclip.be/thai-news/thai-local/29455
タイ政府は、シリキット王太后が10月24日に死去したことを受け、全国的な服喪措置を発表した。26日(日)には王室葬列と献水が予定されている。
アヌティン・チャーンウィーラクーン首相は、すべての官公庁、国営企業、公共機関、教育機関に対し、国旗を30日間半旗とするよう指示。公務員や政府職員には1年間の喪服着用を義務づけた。
 アヌティン首相はタイ国民に対し、「適切な行動」を呼びかけ、娯楽施設やサービス業には30日間の営業自粛や娯楽活動の縮小を求めた。すでに予定されている催しについても、世論に配慮した形式への変更を要請している。また、90日間は可能な限り黒や落ち着いた色の服を着用するよう協力を求めた。70年以上にわたって国民に尽くされた王太后への深い感謝を示すため。
 王室葬列は26日午後4時にチュラーロンコーン病院を出発し、アンリ・デュナン通り、ラマ4世通り、パヤータイ通り、シーアユッタヤー通りを経て、ラーチャダムヌン通りを通り王宮に向かう。全10キロの行程。国民は同日午前8時から正午まで、王宮で献水を行うことができる。外国人も可能。

王宮とエメラルド寺院、11月8日まで閉鎖 シリキット王太后の葬儀関連行事で
2025/10/28
https://newsclip.be/thai-news/thai-local/29543
クルングテープの王宮(グランドパレス)とワット・プラケオ(エメラルド寺院)が、シリキット王太后の葬儀および王室儀礼に伴い、11月8日まで一時閉鎖されている。一般の立ち入りが制限され、旅行者の参拝や見学も不可。タイ王室は、「閉鎖は儀式の円滑な実施のためであり、終了後は通常通り公開される」と説明している。

在タイ日本国大使館「シリキット王太后の崩御に伴う服喪に関する方針について」
2025/10/29
https://newsclip.be/thai-news/thai-local/29601
在タイ日本国大使館が10月29日、「シリキット王太后の崩御に伴う服喪に関する方針について」のお知らせを発した。
【大使館からのお知らせ】シリキット王太后の崩御に伴う服喪に関する方針について
・10月25日、タイ国政府はシリキット王太后の崩御を発表するとともに、服喪に関する方針を示しました。
・これを受け、10月24日より以前に計画されていたタイにおける行事等は変更や中止となる場合があり得ますのでご注意ください。
・また、在留邦人および旅行者の皆様におかれましては、タイ国民の心情にご配慮いただきますようお願いいたします。
【服喪に関する方針】
・国旗を半旗に掲揚:30日間
タイ政府機関、国営企業、各種公的機関および全国の教育機関において10月25日から実施。
・タイの公務員などの服喪期間:1年間
公務員、国営企業職員、公的機関の職員は、10月25日から喪服を着用。
・タイ国民への協力要請:90日間
一般国民は、状況に応じて黒色の服を着用して喪に服するよう協力を要請。
黒い服を持っていない場合は、無地で落ち着いた色の服を選ぶことができ、また、胸に黒いリボンを付けたり、黒や濃色の上着を羽織ることも推奨されている。
・娯楽活動について
すでに準備が進んでいる行事については、その場の状況にふさわしい形に内容を調整すること。まだ実施していない行事については、開催を延期することを検討すること。
※特定の活動を禁止または中止する命令が出されたわけではない。
【タイ国政府観光庁からの呼びかけ】
タイ国政府観光庁も以下のとおり呼びかけをしていますので、ご留意ください。
・この期間中も、タイ国内は通常通り開かれており、あらゆる業務は維持されます。 全ての観光名所、交通機関、レストラン、店舗、そしてイベントは通常通り継続します。
・旅行者の皆様におかれましては、特に寺院、王室関連施設、または政府施設を訪問する際には、敬意を表した服装と、慎み深い行動をお取りになりますよう、謹んでお願い申し上げます。
(問い合わせ先)
○在タイ日本国大使館領事部
電話:(66-2)207-8500、696-3000
所在地:177 Witthayu Road, Lumphini, Pathum Wan, Bangkok 10330
(ウィタユ通り、ルンピニー警察署とMRTルンピニー駅のほぼ中間)

観光警察「タイ国民の心情に配慮を」奇抜な服装など注意
2025-10-31 10:00
http://thai.news-agency.jp/articles/article/17610
 在チエンマイ日本国総領事館は30日、シリキット王太后陛下の崩御に関し、タイ国観光警察から観光客に対する案内を紹介。タイ国民の心情に配慮するよう呼び掛けている。
 同総領事館によると、11月6日(木)にチエンマイ市内で開催予定のイーペン祭りパレードは、そのおもむきを変更するものの、中止せずに実施する。
 王太后陛下の追悼期間、公共のイベントや祭りの装飾は例年よりシンプルで控えめなものとなり、多くの地域では大音量の音楽、明るい照明、騒々しい祝賀行事は制限・中止となっている。ローイクラトンの行事は、娯楽ではなく文化的伝統、環境意識、追悼に焦点を当てている。
 観光警察は、公共の集会、寺院などのイベントに参加する際、服喪期間に不適切と思われる露出度の高い服装や奇抜な衣装、明るい色の服を避け、敬意を表する服装をするよう注意喚起。ハロウィンやローイクラトンの行事に参加する場合、タイの習慣と追悼の気持ちへの配慮を呼び掛けている。
 また、祝賀行事では大声で騒がず、タイの人々の誤解を招いたり、感情を害したりする可能性のある道具の使用を避け、過度な行動は慎むよう注意。特に混雑した場所では、イベントスタッフや自治体からの安全に関する指示に従うよう案内している。

王室と不敬罪 プミポン国王とタイの混迷 (文春新書) - 淳士, 岩佐
王室と不敬罪 プミポン国王とタイの混迷 (文春新書) - 淳士, 岩佐

The King Never Smiles: A Biography of Thailand's Bhumibol Adulyadej (English Edition) - Handley, Paul M.
The King Never Smiles: A Biography of Thailand's Bhumibol Adulyadej (English Edition) - Handley, Paul M.
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2025年10月28日

極惡逆殺魔(前ポル・ポト派)海南華僑雲助朝クメールのフン・セン(雲昇)暗躍 ダメリカ酋長トランプに擦り寄る

うんこ.jpg ダイナマイトで巨萬の富を得て作った、スウェーデンの發明家・企業家で死の商人、アルフレッド・ベルンハルド・ノーベル(スウェーデン語: Alfred Bernhard Nobel)は、ノーベル平和賞(ノルウェー語: Nobels fredspris)を祖國スウェーデンと敵對し戰爭をしたノルウェー兩國の和解と平和を祈念し、平和賞の授與はノルウェーで行うことにした。平和賞のみ、スウェーデンではなくノルウェー政府が授與主體でノルウェーの國會が指名する5人の政治家が選考委員を務めるノルウェー・ノーベル委員會(ノルウェー語: Den norske Nobelkomite)がノーベル平和賞の受賞者を選考する。選考過程は非公開。ノルウェーの政治的國uで決められるディープステイト(DS)=グローバリストの牙城。

 實は、ノーベル平和賞など誰でも推薦できる。ノルウェー・ノーベル委員會宛に推薦狀を送れば良い。ノルウェーの國uになれば、授與される。


カンボジア首相、トランプ氏をノーベル平和賞に推薦「世界平和推進に歴史的な貢献」
2025年8月8日 8:20 発信地:プノンペン/カンボジア [ カンボジア アジア・オセアニア ]
https://www.afpbb.com/articles/-/3592680?cx_part=top_category&cx_position=3
カンボジアのフン・マネット首相は7日、ドナルド・トランプ氏米大統領をノーベル平和賞に推薦したと発表した。理由として、タイとの国境紛争を終結させた「先見性と革新性に富んだ外交」を挙げた。
カンボジアとタイは先月、領有権を争う国境地帯で軍事衝突し、5日間にわたる戦闘で少なくとも43人が死亡した。
トランプ大統領からの電話、東南アジア諸国連合(ASEAN)議長国を務めるマレーシアのアンワル・イブラヒム首相と中国の交渉団による仲介を経て先週、停戦が発効した。
フン・マネット首相はノーベル平和賞の受賞者を選考するノルウェー・ノーベル委員会に宛てた書簡で、「世界平和の推進における歴史的な貢献をたたえ」、トランプ氏を推薦したいと表明。
「先見性と革新性に富んだ外交を通じて紛争を解決し、破滅的な戦争を防ぐというトランプ大統領の類いまれな政治手腕は、最も直近ではカンボジアとタイの間の即時かつ無条件の停戦を仲介する上で決定的な役割を果たしたことで実証された」「壊滅的な紛争を回避したこの時宜を得た介入は、多くの人命が失われるのを防ぎ、平和を回復する道を開く上で極めて重要だった」と続けた。
ノルウェー・ノーベル委員会は、候補者を公表していない。候補者の推薦期間は1月31日までで、受賞者は例年、10月ごろに発表される。
各国の国会議員や閣僚、一部の大学教授、過去の受賞者、過去・現在のノーベル委員会委員ら数万人が候補者を推薦することができる。
この権威ある賞に言及することは、世界平和の仲介者として交渉力の高さを誇示しているトランプ氏に対する、一部の外国首脳からの親善のしるしとなっている。
トランプ氏はすでに、パキスタン政府とイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相からノーベル平和賞に推薦されている。
カンボジアとタイはいずれもトランプ氏が紛争に介入した当時、米国との相互関税交渉で36%という税率を提示されていた。だが先週、それを回避し、税率を19%にすることで合意したと発表した。

偽装された原爆投下 広島・長崎原爆の物理学的・医学的エビデンスへの再検討 - ミヒャエル パルマー, 原田 輝一
偽装された原爆投下 広島・長崎原爆の物理学的・医学的エビデンスへの再検討 - ミヒャエル パルマー, 原田 輝一

ポル・ポトの悪夢: 大量虐殺はなぜ起きたのか (論創ノンフィクション 18) - 井上恭介, 藤下超
ポル・ポトの悪夢: 大量虐殺はなぜ起きたのか (論創ノンフィクション 18) - 井上恭介, 藤下超

 支那の犬、雲昇朝のカンボジアにうすら馬鹿日本は國民の血稅、技術、人的犧牲まで伴い援助した。その結果、支那や朝鮮に道路、港灣、水道などを詐取され、麻藥、人身賣買、詐欺などの、犯罪據點カンボジアを作った。

ディープステイト(DS)=グローバリストの悪魔の暴虐に天變地異を起こし怒っている!! 惡魔死すべし!!!!


タイクーデター
08月09日(土)
午前10時頃 シーサケート県のカンボジア国境チョンドンアオ〜クリサナー地域を警備巡邏中にタイ陸軍兵士3人が地雷に触れ、1人が左足を失う重傷を負った。ほか2人は、腕と背中の負傷および衝撃波を受けたことによる胸や耳の痛みを負った。爆発地点は先に地雷撤去を確認した地域であり、カンボジア軍が最近新たに埋設した可能性が高い。
3人は国境線に沿って有刺鉄線を敷設中、タイ領土内に埋設された地雷に触れた。破片を調べたところ、カンボジア軍が使用しているロシア(旧ソ連)製のPMN-2対人地雷と確認され、これは今週初めに第511歩兵大隊が撤去した旧カンボジア軍の陣地で発見されたものと同型。負傷者は現場で応急処置を受けた後、病院へ搬送された。タイ陸軍は、「カンボジア軍の行為がオタワ条約(対人地雷禁止条約)に違反している。」と改めて非難した。
今回の国境紛争では、過去1ヶ月余りで、国境地帯では同軍が設置したとされる地雷によるタイ兵負傷は3件発生している。本格的な軍事衝突が起きる前の07月16日および衝突初日の24日にそれぞれ、タイ陸軍兵士が地雷に触れて負傷した。08月09日は3回目となる。
タイとカンボジアの両国は停戦後、一般国境委員会(General Border Committee, GBC」で地雷撤去の協議を続けているが、カンボジアは「埋設した事実はなくタイの主張は証拠が不十分。」と主張している。
軍当局によると、被災者が避難する施設の安全確保や前線地域の治安維持のため、被災4県で地方当局との合同作戦を継続中。高危険性地域でのさらなる被害防止や、避難者が日常生活を維持できるよう支援する取り組みも進められている。
タイ陸軍第2軍管区の発表によれば、現在も307ヶ所のうち267ヶ所の避難所が稼働しており、計51104人が避難している。これは08月08日から6594人減少しており、一部は帰宅または別の場所への移動によるもの。地方自治体と連携し、安全な帰還の支援や帰宅困難者への支援が行われている。
08月09日の救援活動では、各地区の被災者に配布するための救援物資904式が準備された。軍は政府機関、民間企業、ボランティア団体と協力し、4県の避難所に物資を届けた。
08月10日(日) 「タイ軍兵士がパチンコ(スリングショット)で石を飛ばしてカンボジアを攻撃している。」写真がSNSなどに拡散され、タイが「カンボジアによる程度の低い虚偽報道」とあっさり否定。写真はタイ内陸部で行われている「植林活動」。
写真に写っているのは、パチンコで植物の種子を飛ばす、タイ語で「ปลูกป่าลอยฟ้า(プルークパー・ローイファー)」と名付けられた植林活動の一種で、「空中植林」といった訳となる。森林地帯に落下した種子が発芽して育つことを期待し、ナコーン・ラーチャシーマー県ワンナームキオ郡で実施されている。迷彩服を着ているのは国立公園職員で、「タイ領土から見下ろすカンボジアの大地」のように写っているのは、国境から離れた「コラート高原」。
今回のタイ・カンボジア国境紛争では、特にカンボジアで虚偽報道が横行している。タイ陸軍は、「軍事に関わる不審な情報は大抵が虚偽である。」とし、「容易に信じないよう」タイ国民に注意を呼び掛けている。
タイから発信された虚偽報道としては、カンボジアのフン・セン元首相と同国国防省マリー・ソチェアタ(女性)報道官との恋愛・不倫関係の情報、それにまつわる2人の画像や動画の深刻な虚偽報道などがある。
08月11日(月) チーラユ・フアンサップ(จิรายุ ห่วงทรัพย์)政府報道官は、タイーカンボジア国境紛争でのカンボジア軍による地雷埋設を巡り、「提訴先は国際司法裁判所(ICJ)ではなく国際刑事裁判所(ICC)だ。」と強調。カンボジア政府はこれまで、「ICJの強制管轄を拒否するタイが訴えることなどできない・」との批判を繰り返していた。
ICJが主に国家間の法的紛争の解決を担うのに対し、ICCは主に人道、戦争、侵略などにおける個人犯罪を追及する。タイは今回、軍もしくは特定人物による戦争犯罪として、カンボジアをICCに提訴する方針。
ジーラユ報道官はまた、タイのジュネーブ国連代表部がカンボジア軍のオタワ条約(対人地雷禁止条約)違反に対する抗議の書簡を提出したことを明らかに。今年12月に日本で開催されるオタワ条約第22回締約国会議の議長国は日本。
タイはICJにおいて1960年、それまでの「強制管轄権受諾」の宣言を撤回した。ただ、プラサート・プラウィハーン(プレア・ヴィヒア寺院)の帰属問題に関しては、カンボジアが西暦1959年に初回提訴を行っており、タイはICJの判断を受け入れる義務があるとされる。また、カンボジアは今回の国境紛争で07月、ICJに問題解決を要請する書簡を再び送付している。
タイ陸軍広報担当のウィンタイ少将は、タイが身柄を拘束中のカンボジア兵捕虜18人について、カンボジア政府が停戦合意に違反し、対人地雷の使用を続ける限り解放しない方針を示した。国境地帯では停戦発効後を含め3度にわたり対人地雷が爆発し、タイ兵計11人が重軽傷を負っている。タイ側は、「一部の地雷は停戦合意後にカンボジア軍が埋設した可能性がある。」と見ている。
カンボジアからは捕虜解放の要請が繰り返されているが、タイ軍は「カンボジアはタイへの攻撃停止に真摯な姿勢を示していない。」として解放を拒否。今後も停戦遵守の動きが見られない限り、捕虜の引き渡しは困難としている。
08月12日(火)
午前09時10分頃 スリン県パノム・ドンラック郡のカンボジア国境で、巡邏中の陸軍レンジャー部隊の兵士7人のうち1人がPMN-2型とみられる旧ソ連製地雷に触れ、片足を失った。地雷はカンボジア軍が敷設したと見られ、被害を受けた兵士は6人目(報道により国境紛争再燃後、地雷による負傷はこれで5人目)。
事故が起きた場所は、07月24日に始まった軍事衝突でカンボジア軍が真っ先に越境攻撃を仕掛けてきた、クメール遺跡プラサート・タ・ムエン・トム周辺。地雷に触れたレンジャー部隊兵士は、部隊と共に、領土内に設置した有刺鉄線フェンスを巡邏していた。他の兵士に被害は無かった。地雷が爆発した現場には幅70〜80pの穴が空き、一帯に迷彩布の破片やPMN-2型地雷の破片が散乱していた。タイ軍兵士が地雷に触れて脚(足)を失った事故はこれまでに、07月16日、24日、08月09日に起きている。
ウィンタイ少将は「今回の出来事はカンボジアが停戦合意およびオタワ条約などの国際条約に違反している証拠」と述べ、「挑発行為が続けば自衛権の行使も検討せざるを得ない。」と警告した。
国家地雷対策センター(TMAC)は、「08月01日から11日にかけて、カンボジアの攻撃を受けた国境4県で砲弾と爆弾489個を回収した。」と発表。スリン県が最多で234発の砲弾が見つかった。
TMACは県警の爆発物処理チームと共同で、爆発物の調査・識別・収集・破壊任務を実施。ブリラム県ではBM21弾36個、大砲弾36個、迫撃砲弾21個、その他爆発物13個の計95個を発見。
スリン県ではBM21弾206個、大砲弾3個、迫撃砲弾36個、その他爆発物19個の計234個。シーサケート県ではBM21弾38個、大砲弾88個の計120個。ウボンラーチャターニー県ではBM21弾35個合計34個(数字は報告ミスの可能性がある)。
影響を受けた地域では安全対策を強化。公共啓発キャンペーンでは、住民に対し、対人地雷や対戦車地雷に関する注意喚起を実施。当局は市民に対し、不審物を発見した場合は触れずに地元治安当局に通報するよう呼び掛けた。
08月13日(水) タイ憲法裁判所は、「カンボジアのフン・セン前首相との電話会談の対応をめぐり、ペートーンターン・チナワット首相兼文化大臣の首相職罷免を求めた訴訟の判決を08月29日に下す。」と決定。同裁判所は13日、ペートーンターン首相と国家安全保障会議の証言聴取を21日に実施し、27日に最終弁論を開くと発表。29日午前09時30分から裁判官が判決を議論し、同日午後03時に発表する予定。
現在停職中のペートーンターン首相は06月15日、カンボジアとの国境検問所や係争地での争いをめぐり、フン・セン前首相と電話会談。フン・セン上院議長(前首相)は18日、私的通話の電話会談を録音した音声をソーシャルメディアに漏洩した。ペートーンターン首相が親しみを込めてフン・セン前首相を「おじさん」と呼んだり、カンボジア国境を管轄するタイ陸軍第2管区司令官やタイの主権に配慮しないと受け取られかねない発言をしており、タイ国民の間で大きな問題となった。
ペートンターン首相は音声の内容について、「国民に不安を与えた。」と謝罪。自身の発言について、「外交上の駆け引きだ。」と説明した。
上院議員グループは07月01日、漏洩した会話音声の内容は重大な政治倫理違反として、ペートーンターン首相の首相職停止を求め、同裁判所に提訴。同裁判所は、判決が出るまでの間、ペートーンターン首相の首相職停止を決定していた。原告側議員らは、発言内容から「ペートンターンがカンボジア国民・主権を優先している。」と批判。一方、中核与党プア・タイ党は、国境紛争を含む重大問題の解決を優先すべきとして、憲法裁に6ヶ月の判断延期を求めている。なお、首相解職が決まれば、プア・タイ党は一昨年総選挙での同党首相候補第2位のチャイカセムを推す見通し。
08月13日(水) タイ憲法裁判所は、「カンボジアのフン・セン前首相との電話会談の対応をめぐり、ペートーンターン・チナワット首相兼文化大臣の首相職罷免を求めた訴訟の判決を08月29日に下す。」と決定。同裁判所は13日、ペートーンターン首相と国家安全保障会議の証言聴取を21日に実施し、27日に最終弁論を開くと発表。29日午前09時30分から裁判官が判決を議論し、同日午後03時に発表する予定。
現在停職中のペートーンターン首相は06月15日、カンボジアとの国境検問所や係争地での争いをめぐり、フン・セン前首相と電話会談。フン・セン上院議長(前首相)は18日、私的通話の電話会談を録音した音声をソーシャルメディアに漏洩した。ペートーンターン首相が親しみを込めてフン・セン前首相を「おじさん」と呼んだり、カンボジア国境を管轄するタイ陸軍第2管区司令官やタイの主権に配慮しないと受け取られかねない発言をしており、タイ国民の間で大きな問題となった。
ペートンターン首相は音声の内容について、「国民に不安を与えた。」と謝罪。自身の発言について、「外交上の駆け引きだ。」と説明した。
上院議員グループは07月01日、漏洩した会話音声の内容は重大な政治倫理違反として、ペートーンターン首相の首相職停止を求め、同裁判所に提訴。同裁判所は、判決が出るまでの間、ペートーンターン首相の首相職停止を決定していた。原告側議員らは、発言内容から「ペートンターンがカンボジア国民・主権を優先している。」と批判。一方、中核与党プア・タイ党は、国境紛争を含む重大問題の解決を優先すべきとして、憲法裁に6ヶ月の判断延期を求めている。なお、首相解職が決まれば、プア・タイ党は一昨年総選挙での同党首相候補第2位のチャイカセムを推す見通し。
08月14日(木) カンボジアとの国境紛争は停戦合意後、一時期に比べ沈静化している。しかし、カンボジア国境を管轄するタイ陸軍第2管区のブンシン司令官は、「国境を再開する用意はできていない」と明言した。さらに、再開時期については冗談交じりに「私が定年退官するまでかもしれない。」と述べ、長期化の可能性を示唆。
一部では「政府と軍の間に国境再開を巡る意見の相違がある。」との見方もあるが、同司令官は「陸軍第2管区と政府の間に対立ない。」と強調した。国境再開の見通しは依然として立っておらず、地域経済への影響も懸念される状況。
08月16日(土) 停職中の「ペートーンターン首相が、カンボジアのフン・セン上院議長(前首相)との会話で政治倫理に反する発言をした。」とされる問題について、憲法裁判所は08月29日に解職判断を下す予定。一部では、「タクシンと憲法裁判事の間で裏取引があった。」との指摘が出ている。しかし、与党プア・タイ党の元広報担当プロムミンは、「裏取引は存在せず、タクシンとペートーンターンを失墜させるための虚偽情報。」と全面否定。
憲法裁は上院議員グループからの解職請求を受理し、判断が出るまでペートーンターンを停職処分とした。なお、タクシンは亡命中に南鮮で不敬発言をしたとして起訴されており、現在保釈中。この件について同裁判所は08月22日に判決を言い渡す予だ。
08月17日(日) タイ陸軍は18日から3日間、8カ国14人からなる暫定監視チーム(Interim Observer Team:IOT)をタイ−カンボジア国境のチョンアンマやカンタララック、パノムドンラックなどへ案内し、地雷による被害者やカンボジアによる停戦協定違反に関する情報収集を実施する。タイ陸軍司令部は、ブルネイ、マレーシア、ラオ、インドネシア、ビルマ、フィリピン、シンガポール、ヴェトナムの駐在武官らIOTを第2軍管区に派遣する。」と発表。
IOTは18日、クルングテープから東北部ウボンラーチャターニー県の軍事施設へ向かい、15時15分から説明を受ける。19日に同県ナムユーン群チョンアンマを訪問。その後、シーサケート県カンタララック郡へ移動し、停戦協定違反について説明を受ける。午後にプーマクア付近の基地を訪問し、地雷処理犯の活動を視察。20日はカンボジア人捕虜を訪問した後、カンボジアによる砲撃被害を受けたスリン県のパノムドンラック病院を訪れるなど、BM21ロケット弾による被害地域を巡回する。その後、兵士が地雷を踏んだ現場を視察する予定。
08月18日(月) カンボジア国境沿いのタイ領内で、カンボジア難民を保護する目的で有刺鉄線が設けられた区画について、当のカンボジア政府が「自国領が占領されている。」と非難を始めた。タイ側からは「呆れるばかり。」との声が挙がっている。
カンボジアが「言いがかり」をつけているのは、東部サケーオ県コークスーン郡内の境界標46番と47番の間に位置する区画。カンボジア内戦時の西暦1977年、タイ政府は人道的配慮から同国の難民を受け入れ、同地を避難所として提供した。内戦終結後も一部の難民は帰還を拒み、現在も居住を続けている。カンボジア政府も同地に支援物資を送り、これまで自国領のように振る舞ってきた。同区画では、タイ陸軍が保護目的で有刺鉄線(鉄条網)を敷設しているが、カンボジア政府は今回の国境問題を機に「自国領」と主張。「タイ軍が境界標を密かにカンボジア領内へ移動させ、有刺鉄線で囲って占領したとでっち上げている。」と言う。
タイ陸軍は「人道的配慮を仇で返された、」として、自軍のフェイスブックにタイ語と英語による説明文を投稿。国内外の世論に対し、カンボジアの非常識さを訴えている。
カンボジア当局が自国領と主張する国境のノンチャン村について、タイ陸軍は、「同村はタイ東部サケオ県に位置し、明確にタイ領である。」と反論。同村はサケオ県コークスーン郡にあり、タイ軍が有刺鉄線を周囲に張り巡らせたことにカンボジア側が反発している。これについてタイ陸軍の広報担当ウィンタイ少将は、「国境線を画定する意図はなく、住民の安全を確保するための措置である。」と説明。
国境線をめぐっては、タイ側が現行線を尊重する立場を取る一方で、カンボジア側は「自国領内に食い込む形で線が引かれている。」と主張しており、双方の主張は依然として平行線を辿っている。
タイ海軍によれば、タイ側はカンボジアと国境を接するチャンタブリ、トラート両県の国境地帯における地雷撤去で協力を呼びかけているものの、「未だに返答はない。」
地雷撤去の協力要請は、両国の国境委員会の場で正式に申し入れられたが、カンボジア側は協力の可否を明示せず、回答は次回の委員会に持ち越されることとなった。
国境地帯では、カンボジア軍が設置したとみられる対人地雷によって複数のタイ兵が負傷。タイ側は、カンボジアが対人地雷の使用や保有を禁じたオタワ条約に違反していると強く非難している。
08月21日(木) タイ東北部を管轄する陸軍第2軍管区は、国境情勢を報告し、「カンボジア軍のドローン93機の飛行と人員・車両の増強を確認した。」と明らかに。第2軍方面作戦センターは、「カンボジア側の動きを検知し、依然として多くの兵士と車両が一部地域に移動している。」と報告。「国境添いではカンボジアのドローン93機を確認。タイとカンボジアの両軍は緊急事態に備え、陣地を維持している。」という。
08月25日(月) サケーオ県コークスーン群のカンボジア国境にあるバーンノーンチャーン集落にタイ陸軍が有刺鉄線フェンスを設置したため、大勢のカンボジア人が柵付近に集まり、タイ軍に罵声を浴びせる騒ぎがあった。陸軍は同地がタイ領内だと主張。カンボジア当局と住民は反論している。タイ陸軍はこのほど、カンボジア側からの苦情を受け、「集落が完全にタイ領内にある。」と発表。「集落の境界標識の位置はタイ領内にあるが、カンボジアが境界標識が自国の領土内に移動したと考えているため、衝突が起こっている。」と説明した。
タイ陸軍によると、カンボジア内戦が激化した西暦1970年代、タイ政府は善意でカンボジア難民に集落への一時的な定住を許可。難民らは内戦終結後もカンボジアに帰国せず、集落に定住。カンボジア政府はこれを利用し、集落ある地域を自国領土と主張している。 またタイ陸軍は、有刺鉄線柵の設置について、「国境画定が目的ではなく、タイ側への侵入や地雷敷設を防止し、タイ兵士の安全強化が目的。」と説明。 プームタム・ウェーチャヤチャイ首相代行は、カンボジア人を集落から立ち退かせる計画があるかとの質問に対し、「今のところ予定はない。」と話した。「集落の問題は、09月07日〜08日に開催する次回の一般国境委員会で取り上げる予定。」という。
タイとカンボジアの国境紛争は直近の停戦合意で一定の沈静化を見せているが、緊張は依然続いている。タイ陸軍第2管区のブンシン司令官は、国境地帯でカンボジア軍による侵犯や新たな地雷埋設が確認された場合、現場部隊が直ちに報復措置を取ることを認めた。
この問題は、タイ東北部シサケート県プーシン郡で08月27日に予定される現場レベルの国境委員会で協議される見通し。会議では地雷除去、領土保全、陸海空三軍が共有する懸念事項などが議題に上がる予定。ブンシン司令官によれば、「タイは国境線が画定された地域だけでなく未画定地域を含め、全域での地雷撤去を求めているが、カンボジア側がこれを受け入れるかは不透明。」
08月26日(火) サケオ県の国境地帯に位置するノンチャン村で、タイ側が設置した有刺鉄線をカンボジア人グループが撤去したことを受け、タイ当局は同行為をタイ領内での不法行為と認定し、刑法に基づき法的措置を取る構え。
ナタポン副国防相は、「ノンチャン村は明確にタイ領内にある。」と指摘し、「有刺鉄線を撤去する行為は刑法に違反する違法行為、」と非難。これを受け、タイ陸軍第1管区ブラパ部隊はカンボジア人による妨害を防ぐため、同村周辺に改めて有刺鉄線を設置した。 国境地帯の緊張は依然として続いており、タイ側は領土主権を侵害する行為に厳しく対応する姿勢を明確にしている。
08月27日(水)
午後03時45分頃 スリン県パノム・ドンラック郡のカンボジア国境のクメール遺跡のプラサート・タ・クワーイ付近で、タイ軍兵士1人が任務中に地雷に触れ右足を失う重傷を負った。一連の国境紛争で、地雷による負傷は6人目となる。
場所はタイ陸軍が「350高地」と呼ぶ地点で、地雷は新品同様のロシア(旧ソ連)製PMN-2で、今回の紛争でカンボジア軍によって新たにまかれたもの。
同地区を管轄する第2軍管区のブンシン中将は、「350高地がカンボジア軍の駐留地域だ。」と指摘し、「カンボジアが敷設した地雷が散在している。」と話した。ブンシン中将は、「度重なる兵士の地雷被害を受け、政府が軍事的選択肢を検討している。」と話し、「対人地雷敷設はオタワ条約(対人地雷禁止条約)および今回の停戦合意に違反している。」と繰り返し非難しているが、カンボジアは敷設したことを認めていない。タイ陸軍第2軍管区とカンボジア陸軍第4軍管区は、臨時地域国境委員会(RBC)会合を開催した。国境管理および安全保障に関する協力事項として11項目に合意した。
両軍は、07月28日の停戦合意および08月07日の臨時一般国境委員会(GBC)会合での合意内容を再確認。緊張緩和と平和的対話の継続に向けて、11項目の協力事項に新たに合意した。
合意内容は、国境部隊間の定期的な連絡体制を維持し、挑発行為や偽情報の拡散を控えることで一致。安全確保のための措置は非攻撃的かつ自国領内に限定し、信頼醸成を図る。人道的地雷除去や越境犯罪対策(詐欺、麻薬・人身・武器密輸)でも協力を強化。司令官や現地部隊間の調整機関設置に原則合意し、暫定的に週1回の協議を実施する。未解決の国境問題はGBC(一般国境委員会)に付託。次回RBC会合は1ヶ月以内にカンボジアで開催予定などとなっている。
08月28日(木) タイ陸軍のベンジャポン少将は、カンボジア国民の騒乱による混乱を防ぐため、サケーオ県コークスーン郡バーンノーンチャーンに戒厳令を発令。
ベンジャポン少将は、「同地域でのカンボジア国民による騒乱に対応し、治安管理地域を設置する。」と発表。「国家主権と領土、国民の財産と安全を守るため、軍隊と警察、民間を総動員する必要があると判断した。」という。
対象地域はバーンノーンチャーンとスリペン通。同地域では、武器や類似品の所持、業務・日常生活に影響する経路の封鎖軍事作戦の写真撮影、喧嘩、飲酒、許可を得ていない拡声器の使用が禁止となる。
08月31日(日) タイ陸軍は、「スリン県跡プラサート・タ・クワーイ近くのタイ領内で、カンボジア軍が仕掛けたと見られる即製爆発装置を発見し。」たと発表。発見したのは巡回中の歩兵部隊で、迫撃砲弾を利用し、ワイヤーと組み合わせた形で設置されていた。
爆発物が見つかったのは、ネーン350(350高地)西側約1.7kmの地点で、タイ軍が設置した防御用の有刺鉄線の近く。陸軍によると、今回の事案は08月22日に同じ地域で確認されたカンボジア軍の待ち伏せや監視活動と関連している。当時の調査では対人地雷や迫撃砲弾、撒きびしが見つかっており、今回の爆発物と同様の手口が繰り返されている。
タイ陸軍は、「こうした行為は明らかに停戦合意に違反しており、タイ兵に危害を加えることを狙った挑発である。」と非難した。また、「国際社会に対して『平和を尊重する国家』と強調するカンボジアの姿勢とも矛盾し、対人地雷の禁止を定めたオタワ条約にも反している。」と指摘している。陸軍は今後も警戒を強め、工兵部隊による爆発物処理を徹底し、安全を確認した上で任務を遂行する方針。
タイのマーリット外相は、連国ジュネーブ事務局で開かれた対人地雷禁止条約(APMBC)会議の席上、赤十字国際委員会(ICRC)のミリアナ総裁に対し、証拠を提示してカンボジアの違反行為を説明。内容は、カンボジアが国境地帯で停戦合意に繰り返し違反し、オタワ条約に反して対人地雷を継続使用していること、さらに国際条約違反の誤情報を拡散し、民間人を盾にしている点である。マーリット外相によれば、「 ICRCはタイの証拠に基づく説明を評価し、誤情報への対抗姿勢を理解する意向を示した。」
09月01日(月) タイ陸軍は、スリン県パノム・ドンラック郡のクメール遺跡「プラサート・タ・ムエン・トム」などで、タイ・カンボジア国境紛争による被害状況を調査。カンボジア軍からの攻撃を受けた痕跡が複数箇所で確認された。
調査は法務省中央法科学研究所(CIFS)との合同で、国境線沿いのプラサート・タ・ムエン・トムと、タイ側に数km入った仏教寺院「ワット・タイニヨム・パッタナーラーム」で実施された。その結果、遺跡では東門、東側外壁、西側の副祠堂とその手前の計4ヶ所、寺院では礼拝堂、僧坊、境内の樹木の計3ヶ所に、小火器による弾痕や重火器の破片痕が確認された。
調査結果は、ユネスコ(国連教育科学文化機関)などの国際機関に報告される。
09月02日(火) タイ陸軍の広報担当ウィンタイ少将は、カンボジア政府報道官が「停戦合意と国際法を遵守し国際社会から評価されている。」と発表したことについて、「現実を反映していない虚偽の自画自賛である。」と強く非難。 タイ軍によれば、「カンボジアは停戦後も国境地帯でドローンを飛ばし偵察を行い、さらにオタワ条約に違反して対人地雷を新たに埋設するなど、合意に反する行為を続けている。」
09月04日(木) サケーオ県コークスーン郡の国境地帯で、タイ領内からの退去命令を受けたカンボジア人数百人が抗議行動を起こし、棍棒を手にタイの治安部隊と対峙した。カンボジア兵士の姿も確認され、タイ陸軍は停戦合意違反だと非難している。問題となっている区画は、国境線沿いのタイ領内に位置。もともとはカンボジア内戦時に避難民を受け入れるためにタイ政府が設置した一時的な避難所で、現在もカンボジア人が居住を続けている。今回、タイ・カンボジア国境紛争に関連する措置として、サケーオ県当局が当該区画内の170世帯に対し「本国への帰還が求められる。」と告知し、実質的な退去命令を発した。これに反発したカンボジア人が抗議に乗り出し、数百人規模で国境線を隔てたカンボジア側に集結した。
カンボジア人は棍棒を手にタイの国軍や警察などの治安部隊と対峙。無線機を手にする者が確認され、カンボジア兵士も合流し、組織だった抗議を思わせた。
サケーオ県当局は、「現場の部隊には住民との衝突を避けるよう要請しており、武力行使は控える方針」と述べている。
09月10日(水) タイとカンボジアは、国境地帯からの重火器および軍装備の撤収、地雷除去、カンボジア国内のオンライン詐欺拠点の撲滅、国境の一部再開で合意。カンボジア西部ココン州で開かれた一般国境委員会(GBC)会合でまとめられた。
両国はまず、国境地帯に展開している重火器および軍装備を平時の展開状態に戻すことで合意。事務局レベルのスタッフが今後3週間で具体的な行動計画を協議し、一定期間内の完了を目指す。
地雷除去に関しては、両国合同の委員会を1週間以内に設置。試験的なパイロット地域を定めたうえで除去計画を策定し、1ヶ月以内に開始する。タイ側では07月以降、カンボジア軍が埋設した地雷で兵士14人が負傷、うち6人が足を失う事故が発生。
カンボジア国内を拠点とするオンライン詐欺への対策としては、1週間以内に合同作業部会を立ち上げることで合意。タイ側は既に、カンボジア国内に存在する60以上の詐欺拠点の情報と位置情報を提供しており、09月16日にもタイ東部サケーオ県で両国の警察当局が抑止策を詰める予定。
09月11日(木) タイとカンボジアの国境紛争に関連し、国境地帯でタイ当局が身柄を拘束したカンボジア兵について、タイ陸軍のウィンタイ少将は「国境地帯で武力衝突が終結するまで解放しない、」と説明した。「これらの兵士は国際法に基づき、人道的な待遇の下で拘束されている。」という。
国境問題はフランスの国境引きによるプラサート・プラウィハーン(プレア・ヴィヒア寺院)周辺の領有権争いに起因しており、過去にも両軍の衝突が繰り返されている。ASEANは双方に対話による解決を呼びかけているが、依然として緊張状態は続いている。
09月16日(火) タイ海軍は、「トラート県ムアントラート群チャムラーク地区のカンボジア国境3地点で、タイ領に侵入していたカンボジア軍と民間人を撤退させた。」と発表。「カンボジア軍は、国境画定に関する覚書(MOU43)に違反して同県の17地点に侵入。タイの国境防衛司令部は、数十年にわたり、カンボジア軍が軍事基地などを建設して不法占拠している・」と主張している。
今回撤去したのは、タイ領内に約15m侵入したカンボジア国境警備隊第825中隊の建物と、約125m侵入したゴム農園の排水溝、約30m侵入したカンボジア歩兵が掘った溝の3件。
09月17日(水) タイの暴動鎮圧部隊は、サケーオ県コークスーン群ナーンノーンヤーケーオで、タイ軍を襲撃したカンボジア人の集団に対応するため、ゴム弾と催涙ガスを使用した。タイ軍が同地域のカンボジア国境で有刺鉄線の設置を進めていたところ、同日午後03時50分頃、カンボジア人の集団が、タイ側が設置した国境線を示す鉄条網(有刺鉄線)の撤去を求めて集まり、カンボジア住民が有刺鉄線を破壊、棒や石でタイ兵士や有刺鉄線を攻撃。タイ軍は交渉を試みたが、混乱は続き、タイ兵士5人が負傷した。
カンボジア人の集団にはカンボジア軍が随伴。タイ軍は、「有刺鉄線はタイ領土内に設置している。」と主張し、「カンボジア軍による停戦協定違反だ。」と非難している。
タイ−カンボジア国境紛争の激化に伴い、タイ側は有刺鉄線や古タイヤの設置で国境線を明確に示す行動に出ていた。これに対してカンボジア領土に住むカンボジア住民が不満を露わにし、16日頃から有刺鉄線を棒で叩いて潰すなどの破壊工作を始めた。17日午後04時頃、前日から集まっていた200人ほどのカンボジア住民が、国境線を挟んでタイの治安部隊を挑発、物を投げつけるなど暴れ出した。タイの治安部隊はゴム弾、催涙ガス弾、音響兵器(LRAD)を使用して追い払った。カンボジア住民は後退しつつも、スリングショット(パチンコ)などでの投石を続けたという。衝突は05時過ぎまで続いた。
カンボジア住民による破壊行為に関し、タイは16日の時点でカンボジアに公式文書で抗議している。
午後04時20分、暴動鎮圧部隊は対デモ手続きに従って催涙ガスで警告したが、その後もカンボジア人集団の破壊活動が続いたため、ゴム弾の使用を決断した。集団は最終的に撤退した。その後、マレーシアの停戦監視団が現場に到着したが、カンボジア人の集団はすでに撤退していた。タイ軍は防衛のため、有刺鉄線を修復した。カンボジア側での報道で、少なくとも23人が怪我をした。
09月18日(木) タイ警察本部は、カンボジア人集団の暴動に備え、サケーオ県コークスーン郡ナーンノーンヤーケーオに放水車10台と暴動鎮圧部隊の配備を指示。
同地域では17日、タイ軍が国境沿いに設置した有刺鉄線をカンボジア人の集団が撤去する事件が発生。カンボジア人による投石などで、タイ兵士4人が負傷した。
放水車がタイで初めて使用されたのは西暦2020年10月16日。クルングテープ都パトゥムワン交差点に集まった民主化デモ参加者を解散させるために出動した。容量は1万2000ℓ、最高射程は65m。
抗議活動者を識別しやすくするため、水に着色料を混ぜることができる。また、高周波音の長距離音響装置(Long Range Acoustic Device)や催涙ガス噴射装置も出動している。
タイ陸軍はこの程、タイ−カンボジア国境で新たに対人地雷を8個発見。証拠を示した上で「カンボジアが埋設したものだ。」と非難した。タイ陸軍の広報担当ウィンタイ少将は、カンボジア軍は対人地雷を設置し続けており、これは明らかな2国間の停戦合意違反として、カンボジアを強く批判している。
タイ陸軍は、カンボジア国境の治安強化のため、電子柵の設置を開始。
陸軍は東部サケーオ県アランヤプラテート郡のクローンルーク検問所裏の国境標識50番に1台目の監視カメラ付き柱を設置。陸軍は今後、電子柵設置を全国の国境で実施する予定。
柱には首振り機能付きカメラ1台と固定カメラ2台が取り付けられ、連続稼働できるよう太陽電池や照明システムを備えている。最大30日間の映像記録が可能。
09月21日(日) タイ陸軍が、サケーオ県コークス―ン郡のカンボジア国境沿いのクメール遺跡「プラサート・サドック・コークトム」を、一般人に対して一時閉鎖。カンボジアとの国境紛争の激化を受けたもので、情勢が正常に戻り次第、再開する。
同遺跡の周辺ではこれまで戦闘は発生してこなかったが、カンボジア人難民を受け入れていた近隣のタイ領土でトラブルが起きており、陸軍は安全を最優先して同遺跡の立ち入りを制限するに至った。
プラサート・サドック・コークトムは11世紀の建立で、タイ国内11番目の歴史公園に指定されている。国境紛争が激化する前の今年06月時点では、タイ警察が「安全な参拝を保証する。」とし、来園者を積極的に募っていた。
サケーオ県コークスーン群ナーンノーンヤーケーオで17日に発生したカンボジア人集団とタイ警察の衝突を受け、同県知事とカンボジアのバンテイメンチェイ州知事は同日会談し、サケーオ県知事は県内に滞在するカンボジア人の侵入者に対し、10月10日までにタイ領土から立ち退くよう要求。
カンボジアのウム・リアトリー知事は、07月28日の停戦合意と、08月07日の一般国境委員会(GBC)、地域国境委員会の結果に従い、現状維持を提案。タイ当局はカンボジア人住民が係争地に戻ることを許可し、タイが設置した有刺鉄線やタイヤバリケードを撤去するよう求めた。
サケーオ県のパリンヤ・ポーティサット知事は、タイ領内に侵入したカンボジア人の撤退を要求。10月10日に開催予定の次回GBC会議までに、撤退計画をサケーオ当局に提出するよう求めた。また09月17日の会議で同県が提出した8提案に従うよう求め、「約束が守られない場合、自治体レベルでの交渉を中断し、GBCに解決を委ねる。」
サケーオ県は声明で、「タイの主権を侵害し、タイ領内で窃盗や暴動、破壊活動をするカンボジア人に対し厳格な法的措置を取る用意がある。」と表明。
09月22日(月) サケーオ県のカンボジア国境で発生しているカンボジア人の集団による暴動に対処するため、東部5県から暴動鎮圧部隊約1400人を派遣。暴動鎮圧部隊の責任者であるチャトゥラパット県警副司令官は、「サケーオとプラーチーンブリー、チャチューンサオ、ラヨーン、チョンブリーの各県から、同県コークスーン群ナーンノーンヤーケーオに約1400人の部隊を派遣した。」と明らかに。
「22日の同地域では平穏な様子で、国境近くに設置した有刺鉄線フェンスにカンボジア人の集団が近づく様子は無かった。」と報告。国境の向かいにある避難所には、カンボジア人約30人〜40人が出入り。カンボジア側の国境警備隊員は約100人に増強され、カンボジア兵2〜3人がタイ兵の動きを監視している。
09月23日(火)午後01時30分頃 サケーオ県の国境地帯でカンボジア軍との間に小競り合いが発生。国境の有刺鉄線付近でカンボジア兵が3〜5発発砲したが、タイ兵は応戦しなかった。広報担当のウィンタイ少将によれば、「カンボジア側はタイの反応を探る目的だった可能性が高い。」
09月25日(木) タイ陸軍第2軍管区のブンシン・パートクラーン司令官(中将)は、「カンボジア国境の一帯では依然として緊迫状態が続いている。」と発表。カンボジア軍は停戦合意に違反し、24日にはシーサケート県カンタララック郡の国境地帯のヒンドゥー寺院プラサート・プラウィハーン(プレア・ヴィヒア寺院)の向かい側の射撃陣地に、重火器や戦車を含む火力支援兵器を追加配備したと見られる。カンボジア軍の戦車は、展開。タイ側のシーサケート県カンタララック郡の前線から300mという至近距離まで接近している。アヌティン・チャーンウィラクン首相兼内務相は、「第2軍管区に対応方法のゴーサインを出した。」と話した。
国境付近では、カンボジア軍によるタイ軍の偵察と挑発行為が続発。24日午後09時前、スリン県パノムドンラック郡の国境周辺に駐屯していた陸軍部隊が、150mほど先の鉄条網付近からの銃声1発を確認。鉄条網から100m以内に5つの明かりを感知し、タイ軍駐屯地に向けた銃声3発も確認した。25日午前02時50分には同郡ターミアン町の有刺鉄線付近で、パトロール中のタイ兵士が爆発音を確認した。カンボジア軍がタイ軍の配置を探るために挑発した模様。
さらに、25日未明にはパノム・ドンラック郡内の国境検問所から150mほど離れた場所で爆発音が確認された。やはりタイ軍の配置を探るため、カンボジア軍がタイ領内に手榴弾を投げ込んだと見られる。
カンボジア軍による一連の行動は、一般国境委員会(GBC)や地域国境委員会(RBC)での各種合意に違反する。タイ軍の反撃を誘発してカンボジア民間人を避難させ、それによって国際社会でタイに悪印象を与えるのが狙いと見られる。タイ軍はこれらの挑発に応じず、事態悪化を回避した。
トラート県内のカンボジア国境付近にある公立学校(中1〜高3)は、国境紛争が続いていることを理由に、「生徒や教職員の安全確保を最優先するため09月26日から当面の間、休校する。」と発表。追って通知するまで授業を一時的に停止する。
最大野党プラチャーチョン(人民)党の広報担当パリットは、同党が次期総選挙後の首相指名選挙で党首を含む複数候補を擁立する方針を明らかに。候補は党首の他に2人程度を検討しており、有資格者は複数いるが人選は未定。
09月27日(土) 「ウボンラーチャターニー県ナムユーン郡のチョンアンマ付近で、カンボジア軍がタイ領土に向けて発砲した。」と陸軍第2軍管区本部が発表。タイ軍は状況に応じ、報復射撃を行う命令を発出。 公共放送PBSなどの報道によると、陸軍報道官は、「カンボジアの国際停戦監視団(IOT)が同日午後、同地域を視察している。」と指摘。「タイ軍の報復射撃や攻撃を誘発する試みで、タイ軍の攻撃の証拠をIOTに報告する意図がある。」と話した。現時点で、タイ側に死傷者の報告は無い。
また陸軍は、チョンアンマ南部の作戦基地付近で、カンボジア軍がカメラを設置しているのを確認。「タイを『侵略者』に仕立てるため、映像を記録して国際社会に発信する意図がある。」と見ている。
09月28日(日) ニューヨークの国連本部で開催中の第80回国連総会において、タイのシーハサク外相はカンボジアとの国境紛争をめぐり強い姿勢を示した。同外相は、「カンボジアが虚偽の主張を繰り返し、挑発行為を続けて停戦合意に違反しつつ被害者を装っている。」と非難。
これは、カンボジアのプラク・ソホン副首相兼外相が「国境地帯で長年生活してきた民間人がタイ軍に追い立てられた。」と国連で訴えたことに対する反論。両国の間では国境線をめぐる争いが断続的に続いており、プラサート・プラウィハーン(プレア・ヴィヒア寺院)周辺を中心に軍事的緊張が高まる場面も少なくない。
国境問題は両国の外交関係に影響を与えるだけでなく、国境貿易や観光業にも直結。タイ商務省によると、西暦2024年のタイとカンボジアの国境貿易総額は約4200億Bに達しており、地域住民の生活基盤を支える重要な経済活動となっている。ASEANはこれまで調停を試みてきたが、実効的な解決には至っていない。シーハサク外相は「地域の平和と安定のために国際社会の理解と協力を求める」と訴え、国際舞台で支持を取り付ける姿勢を鮮明にした。
タイ政府は今後も外交ルートを重視しつつ、国連を含む多国間の枠組みを活用してカンボジアとの対立解消を目指す方針。
ブリーラム県バーンクルワット郡の国境では、カンボジア軍による攻撃準備報道を受け、住民が自主避難を開始している。
報道を受け、住民は混乱状態で避難を開始。避難者の多くは、国境から30km以上離れた地域に身寄りがある高齢者や寝たきりの患者。残っている住民は健康的な集団で、自宅を管理しながら避難態勢を整えている。他の地域に身寄りが無いため、自宅に留まっている人もいる。国境地域では、避難準備のため、自動車のガソリンを満タンにしようと給油所に向かう住民が多い。
09月29日(月) タイ陸軍第2方面作戦部は、「タイ−カンボジア国境付近でカンボジア軍の動きが続いている。」と発表。最新の情報では、国境地帯上空で偵察用ドローンの飛行が確認され、両国軍はそれぞれ警戒態勢を維持。タイ軍は監視所に部隊を配置し、状況を注視しながら即応体制を整えている。
一方、国境地域では、緊張の高まりにより避難を余儀なくされた住民への人道支援も進められている。スリン県では、行政機関や医療チームが避難所を訪れ、食料や生活必需品を配布するとともに、高齢者や寝たきりの避難者に対して健康診断を実施した。地域の保健ボランティアも参加し、物資と医療の両面から避難者を支援している。
こうした支援は、国境付近で続く緊張の中、住民生活を守るための継続的な取り組みの一環。軍は引き続き監視態勢を強化し、情勢の変化に備えています。第2方面作戦部は、住民に対し、情報は必ず政府や治安当局の公式発表を確認するよう呼びかけ、「未確認情報や誤情報が混乱を招く可能性がある。」と注意を促した。
10月01日(水) タイ警察は、スパイや不法入国の疑いで、カンボジア人51人をサケーオ県コークスーン群バーンノーンチャーンで逮捕した。 社会活動家のカンタス・ポンパイブンウェットは、自身の財団が支援している当局の偵察ドローンがサトウキビ畑で熱源を感知したとフェイスブックで報告。当局が確認すると、カンボジア人51人が隠れていた。
警察は、「カンボジアに情報を送るスパイの可能性や、市街地に逃げ込んだ可能性もある。」として捜査を進めている。
10月02日(木) アヌティン首相は、「国家安全保障会議(NSC)がタイ−カンボジア国境に壁を建設する計画を承認した。」と発表。建設場所や仕様については地元住民の要望や軍事的必要性を踏まえて決定される予定。
タイとカンボジアは国境線をめぐる緊張が長年続いており、とりわけプレアビヒア寺院周辺ではこれまでにも複数回、軍事衝突が起きている。今回の壁建設は不法越境や密輸の抑止に加え、安全保障上の抑止策とも位置付けられている。
国家安全保障会議は近年、ASEAN域内の国境管理強化を議題としてきた。タイ国家統計局によれば、西暦2023年の国境を経由した違法取引件数は前年比15%増加しており、政府は物理的障壁を含む多面的対策を急ぐ方針。
タイ−カンボジア国境に壁を建設する案は以前から出ていたが、タクシンの妹であるインラックが首相時代に中止を決定した経緯がある。なお、インラックが有罪判決を逃れるため国外逃亡した際、手を貸したのがカンボジアのフン・セン前首相だった。
10月08日(水) アヌティン首相はこの程、サケーオ県コークスーン郡バーンノンチャンに滞在するカンボジア人に対し「同地はタイ領。」と改めて通告。10月10日の期限までに退去するよう強調した。これは一般国境委員会(GBC)の合意に基づくもので、合意内容には兵員と武器の撤退、特殊詐欺の摘発、国境地帯の平穏維持が含まれている。
タイとカンボジアの国境管理は不法就労者や犯罪組織の流入を防ぐ観点から重要性を増している。タイ労働省によれば、同国に滞在するカンボジア人労働者は約150万人に達し、農業や建設業を支えているが、一方で不法滞在問題も深刻化している。
国境紛争の再燃で関係が悪化しているタイとカンボジアについて、トランプ米大統領が和平交渉の仲介役を務める意向を示した。
これを受けてアヌティン首相は、「トランプ大統領の善意の表れであるが、いかなる交渉も過去に両国が同意した4条件に基づかなければならない。」と強調した。その4条件とは、@係争地からの兵員と武器の完全撤退、Aタイ領からの侵入者退去、B民間人を危険にさらす物資の除去、Cタイの主権尊重の再確認。
タイとカンボジアの国境では過去にも断続的に衝突が起きており、国境付近の治安悪化は経済活動に与える影響が大きい。タイ中央銀行は国境貿易がGDPの約1割を占めると指摘。緊張の長期化は貿易収支や観光に深刻な打撃を与えることになり早期解決が求められるが、ASEANの一体性維持の観点からも、外部仲介がどこまで機能するかは注目される。
10月09日(木) アヌティン首相は、タイ外務省での政策説明の場において、タイとカンボジアの国境係争地に関する和平協定締結には「重火器の撤収と民間人の引き揚げが不可欠である。」と強調した。これは、トランプ米大統領が和平協定締結への立ち会い意向を示したことを受けたもの。
タイ外務省では同日、トランプ大統領からの書簡に対する返答や、今後のカンボジア側との交渉準備について協議が行われた。両国の国境地帯は過去にも武力衝突が発生しており、和平実現には実務的な安全確保措置が不可欠とされる。タイ外務省によれば、ASEAN枠組みでの調整も視野に入っており、地域の安定に向けた交渉の行方が注目されている。
10月23日(木) タイ政府のシリポン・アンカサクルキアット報道官は、「タイとカンボジアが暫定国境画定の根拠として、縮尺20万分の1の地図と西暦1907年の仏シャム条約を使用することで合意した。」とするカンボジアのフン・マネ首相の主張を、虚偽と否定。
シリポン報道官は、「21〜22日にチャンタブリー県で開催されたタイ・カンボジア共同国境委員会(JBC)会議で、縮尺地図の地要や暫定国境標識の設置について、カンボジアと合意に至らなかった。」と主張。「フン首相の主張は虚偽で、国内外のメディアや両国民を誤解させる可能性がある。」と話した。
会議では、破損・紛失15ヶ所と水没3ヶ所に代わる新境界票の設置で合意。設置位置は共同で決定する。測量制度の工場のため、LiDAR(ライダー、Light Detection and Ranging)などの新技術を使用して電子国土基本図を作成する。
10月26日(日) アヌティン・チャーンウィーラクーン首相とカンボジアのフン・マネット首相は、マレーシアのクアラルンプールで両国の和平に関する共同宣言に署名。署名式には、米国のドナルド・J・トランプ大統領とマレーシアのアンワル・イブラヒム首相が立ち会った。
今回の宣言は、タイーカンボジア国境地域の安定と地域協力の強化を目的としたもの。次の4項目が盛り込まれている。
国境沿いからの両軍の重火器の撤去、地雷や不発弾の除去、オンライン詐欺など越境型犯罪の取り締まりでの協力、国境地域の共同管理に向けた協議。「タイとカンボジアは今後も、協力の進捗を継続的に評価し、実効性を高めていく方針だ。」という。
停戦協定により、観光・物流・投資など国境地帯の経済活動再開が加速する可能性が指摘。例えば、長年停滞していた国境地帯の物流経路が正常化すれば、東北部からカンボジアへの農産物輸出や観光ルート回復が期待できる。これはタイからの輸出にもプラスとなる見通し。
ただし、歴史的背景として、両国にはフランス統治時代の曖昧な国境線を巡る争いがあり、僧院・神殿の帰属問題は根深い。このため、有識者は「今回の協定は評価できるが、履行監視の実効性が鍵。」と指摘する。


沙悟浄高市早苗.jpg 横須賀港のど真ん中を米軍が80年も占領し、その両端がJ隊。その横須賀に浮かぶ空母打撃群の中心に、海兵隊1号という名のヘリでごっつい爺さんに連れられた小学生のような妖怪沙悟浄がくるみ割り人形のように自転して燥いだ。

 横須賀は、日本近代化の父、小栗忠順(ただまさ)(40歿)が横須賀製鉄所(造船所)を建設した地、丹波国園部藩脱藩浪士で岩倉具視の食客、22歳の小僧、原保太郎(やすたろう)が、(89歿)上野国巡察使兼軍監の権力を笠に着て、取り調べもされぬまま、烏川の水沼河原(現在の群馬県高崎市倉渕町水沼1613-3番地先)に、小栗忠順と家臣の荒川祐蔵、大井磯十郎、渡辺太三郎と共に引き出され斬首された。原保太郎が問答無用で斬首を強行した理由に勘定奉行時代に徳川家の大金を隠蔽したという奇説(徳川埋蔵金説)まで飛ぶが、原保太郎が兇悪な気違いだったためだろう。「偉人小栗上野介罪なくして此所に斬らる」と刻まれた碑が建つ。

 恥を知れ、妖怪沙悟浄婆!!!!


なぜ有名人が次々と死んでいるのか? - 大村大次郎
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トランプ氏をノーベル平和賞に 高市首相が推薦意向「歴史的偉業」
https://www.jiji.com/jc/article?k=2025102800468&g=pol
時事通信 編集局2025年10月28日12時00分配信
 高市早苗首相は28日の日米首脳会談で、トランプ米大統領を2026年のノーベル平和賞候補に推薦する意向を伝えた。米政府高官が明らかにした。トランプ氏はかねて同賞受賞に意欲を示している。
 首相は会談で、トランプ氏がタイとカンボジアの国境紛争を和平に導いたことや、イスラエルとイスラム組織ハマスの停戦合意を主導したことに触れ、「かつてない歴史的偉業だ。これだけの短期間に世界はより平和になった」と指摘。「世界平和と安定へのトランプ氏の揺るぎないコミットを高く評価する。私自身も強い感銘を受けた」と語った。


チャイコフスキー:バレエ《くるみ割り人形》全曲、バレエ《眠りの森の美女》組曲 (2枚組) - 小澤征爾
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posted by cnx at 18:55| Comment(0) | TrackBack(0) | SEA | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする